第99話 また、あの歌会にも
水曜日、石倉さんから完成した曲が届いた。
百秒、三十秒、十秒。
案内の映像へ合わせた三つを、それぞれ聞いた。
最後の言葉も、ちゃんと残っている。
映像が変わるところで、声だけが急に切れることもなかった。
俺は、大丈夫です、と返した。
これで、日曜日から使われる。
追加録音は不要だったので、昨日も家にいられた。
新しく買ったゲームは、少し進んだ。
少し、と言っていいかは、遊んだ時間を見ないことにした。
*
土曜日の昼、文化館へ入った。
小野さんが鍵盤の音を出し、森野さんが舞台の椅子を確かめている。
俺も、台本を広げた。
明日は、初めて一日に二公演出る。
最初の芝居は、前にやったものと同じ。
終わったあとに、『椅子をふたつ』の短い場面と歌がつく。
最後まで通すと、四十分ほどだった。
会場で取っている四十五分の枠には収まる。
歌の好きなところを削る必要はなかった。
俺は、かなり安心した。
*
新しく足した場面だけ、もう一度やった。
椅子を二つ出す。
ソウが来て、次はお前が先に出せと言う。
俺は、その椅子を見る。
「もう、出してある」
森野さんが少し止まり、座る。
小野さんの音が始まった。
息を吸い、歌へ入る。
最初に聞いたときから、ここが好きだった。
話すような言葉を挟み、そのまま旋律へ戻る。
今は、紙を見なくても最後まで歌える。
相手の顔を見る余裕があると、少しだけ歌い方も変えられた。
安西さんが、客席でうなずく。
「明日、それを見てもらいましょう」
俺は、短く返事をした。
(早く、聞いてほしい)
明日には、そのために人が来る。
*
確認が終わり、舞台の端で水を飲んでいると、相原さんから連絡が来た。
明日は夕方の回に来る、という内容だった。
藤崎さんも、一緒に来るらしい。
俺は礼を返した。
そのあとで、ふと思い出したことを打った。
『佐伯さんの歌会、またあったら行きたいです』
前に、いろいろな人の歌を聞いた場所だった。
仕事で出る予定が増えてから、そういう機会のことを、少し後ろへ置いていた。
でも、また行きたかった。
相原さんから、返事が来る。
『この前、またできたらって話してたよ。まだ日は決まってないけど、伝えとく』
『お願いします』
送ったあと、少し笑った。
舞台の予定を減らしたいわけではない。
そのうえで、仕事ではない場所でも歌いたかった。
(欲張りだな)
そう思ったけど、やめる理由にはならなかった。
*
帰る前に、明日の流れを確かめた。
昼の回を終えたら、食事と休憩。
夕方の準備をして、もう一度出る。
マイクの確認と衣装は、二回目にも行う。
聞いたことをスマホへ入れると、森野さんが横から見た。
「昼、何食べます?」
「まだ、決めてないです」
「近くで買うか、持ってくるか。終わってから考えると、ぼんやりしてそうなので」
俺は、よくわかった。
前の公演のあとは、まず椅子へ座りたかった。
「……先に買ってきます」
「僕も、そうします」
小野さんも、少し笑いながらうなずいた。
明日は、歌のことだけでなく、自分の昼ご飯も持って来る。
家へ帰って、バッグの横へ小さな袋を置いた。
台本と同じくらい忘れたくないものが、一つ増えた。




