第95話 来月の、三日分
「店長、少し相談してもいいですか」
木曜日、出勤してすぐに声をかけた。
店長は、事務所の机から顔を上げる。
「うん。どうした?」
「来月の勤務を、少し減らしたくて」
そこまで言って、手に持った予定を見た。
辞める話ではない。
週四日を基本に入っていたところを、三日にしたい。
そう考えて来たのに、いざ口にすると、次を少し迷った。
「舞台、また決まったんだっけ」
「はい。先の三回分と、録音も」
俺は日程を見せた。
「できれば、月、水、金の夕方からにしたいです。今決まってる分は、そのまま入ります」
言えた。
店長が予定を見ている間、俺は机の端を見て待った。
(そのまま、余計なことを足すな)
緊張すると、頼んでから自分で理由を弱くしてしまうことがある。
今日は、ちゃんと相談に来た。
*
店長は、店のシフト表を開いた。
「今月の公演の日は、希望どおり外してあるよ。来月から三日ね」
「はい」
「ほかの人の希望も来るから、組んでみる。月水金が難しい週があったら、早めに相談してもいい?」
「大丈夫です」
「決まってる公演の日は、こっちへも書いておいて」
渡された用紙へ、日付を書いた。
相談した瞬間に全部決まるわけではなかった。
店には、店の予定がある。
でも、話は聞いてもらえた。
「来月分が出るときに、もう一度確認しよう」
「ありがとうございます」
頭を下げた。
店長が、少し笑う。
「最初は、休憩中ずっと数字見てたのにね」
「……今も、見てます」
「あ、そこは変わってないんだ」
俺は、うなずいた。
そこまで変える予定は、なかった。
*
仕事へ戻ると、藤崎さんがドリンクを並べていた。
「店長と、何の話?」
「来月の勤務です。少し、減らそうと思って」
「そうなんだ」
藤崎さんが、グラスを一つトレーへ載せた。
そのあとで、こちらを見る。
「舞台、続けるんだね」
「はい」
「よかった。あれ、楽しそうだったし」
俺は、氷の入ったグラスをもう一つ持った。
寂しいとか、店はどうするのかとか、先に心配されるかと思っていた。
普通に、そう言ってもらえた。
「藤崎さんの歌も、また聞きたいです」
思っていたことが、先に出た。
「うん。来なくなるわけじゃないでしょ」
「はい」
「じゃあ、また仕事前にでも」
藤崎さんは笑って、トレーを持ち上げた。
俺は、残った分を持った。
*
七番へ注文を運ぶ。
扉を開ける前に、部屋番号を確かめた。
中では、四人が歌っていた。
机の空いているところへ飲み物を置き、短く挨拶をして出る。
いつもの仕事だった。
公演が決まったからといって、今日の注文が勝手に運ばれるわけではない。
俺はトレーを戻し、次の部屋の片付けへ向かった。
歩きながら、ふと来月の火曜日のことを考えた。
その日に仕事を入れなければ、昼まで家にいられる。
ゲームもできる。
歌いたくなったら、部屋を借りに行ってもいい。
(いいな)
まだシフトは確定していないけど、そういう日を作りたかった。
*
帰宅して、予定表へ一行足した。
勤務の変更は、来月のシフト確認待ち。
その下には、もう決まった舞台の日がある。
店の仕事を少し減らしたあと、何もなくなるわけではない。
歌う場所があり、受け取る予定の報酬もある。
俺はスマホを置き、冷蔵庫から水を出した。
話す前は、結構そわそわしていた。
でも、言ってよかった。
コップを持ったまま、もう一度予定を見た。
次の日曜日には、新しい曲を聞けることになっていた。




