第93話 短いほうも、ちゃんと歌う
火曜日、石倉さんと通話をした。
新しい録音は、一曲を長さを変えて使う仕事だった。
施設の企画、『昼休みのよりみち』。
昼に店を回ったり、少し休んだりする場所を紹介する映像で使うという。
曲の題名は、『窓ぎわの席』だった。
「長いものが百秒。それとは別に、三十秒と十秒の形も作ります」
石倉さんが言った。
「同じ録音を切るんですか」
「使えるところは使います。ただ、十秒のほうは、その長さで歌ってもらいたいです。最後の言葉をちゃんと置きたいので」
見本を流してもらった。
最初は、ゆっくり始まる曲だった。
長い版の途中に、少し音が上がるところがある。そこが好きだったので、聞き終わってから、もう一度その位置を確かめた。
十秒の版では、その旋律の一部から、すぐに最後の言葉へ行く。
短いのに、急いだ感じはしなかった。
俺は、少し前へ座り直した。
「これ、歌ってみたいです」
*
録音は、二週間ほど先の月曜日、午後二時から四時。
必要なら翌日に一時間だけ追加で取る。
報酬は、三つの長さを合わせて五万四千円。交通費込みだった。
完成したものは、定期公演の初回と同じ日曜日から、四週間使われる。施設の案内映像と公式ページで、受け取りは翌日の月曜日。
俺は、舞台の予定の横へ書いた。
録音は、その前に済む。
曲の確認も、前日の舞台の仕上げとは重ならなかった。
「もう一つ、先の相談もあって」
石倉さんが続けた。
その四週間後の月曜日に、手仕事の催しで使う短い歌を録りたいらしい。
こちらは三万四千円で、午後の九十分。
曲の資料は、まだこれからだという。
俺は日付を見た。
定期公演の次の回より、六日前だった。
*
「どちらも、日にちは大丈夫そうです」
「よかった。舞台が続くので、難しかったら別の日も考えます」
「いえ。歌いたいです」
言ってから、少し間を置いた。
欲しい仕事を全部、同じ日に入れるわけにはいかない。
でも、この二つは、本当に合わせられそうだった。
「最初の曲の相談と、舞台の追加曲は、同じ日に聞いてもいいですか」
「できますよ。今度の日曜の夕方なら、まとめて聞けます」
俺は、カレンダーへ入れた。
何度も電車に乗って往復するより、そのほうが助かった。
浮いた時間には、家でゆっくり見本を聞ける。
*
通話のあと、十秒の見本をもう一度聞いた。
短いので、すぐに終わる。
もう一度再生する。
最後の言葉を、どう出したら好きな感じになるか考えた。
長いほうの歌い方を、そのまま急いで押し込むのは違う。
最初から、この長さで終わるつもりの声が欲しかった。
俺は、小さく歌ってみた。
終わりの音は、無理なく閉じられた。
今度は、始まりを少し柔らかくする。
どちらも出せたけど、後のほうが好きだった。
(こっちだな)
メモへ、最初は少し弱く、と書いた。
あとで忘れないためだった。
*
夜、バイトから戻ってから、もう一度予定を見た。
舞台。
録音。
店の勤務。
それぞれ違う色をつけると、少し先まで埋まっていた。
嫌な埋まり方ではなかった。
やりたいことが、ちゃんと入っている。
でも、空いている一日まで全部埋めたら、新しく買ったゲームをいつ遊ぶのかがわからなくなる。
俺は火曜日の一つへ、休み、と書いた。
用事がない日だった。
そのままにしておくと、あとで何か入れてしまいそうだった。
(ここは、残す)
決めてから、ゲームの続きを開いた。
材料を運ぶベルトが、前よりきれいに流れていた。
続きを直す場所も、まだたくさんある。




