第90話 もう一度、見たい人
水曜日、安西さんから公演のまとめが届いた。
一回目が三十八人。
二回目が四十六人。
合わせて八十四人が、あの舞台を見に来てくれた。
俺は、数字の下にある感想を読んだ。
全部が長い文章ではなかった。
歌がよかった。
二人の会話が面白かった。
鍵盤の音が好きだった。
短い一行でも、自分がそこにいたことを思い出せる内容だった。
その中に、一枚、部屋探しをしていた頃を思い出した、とある。
広くて安いところを探して、結局駅から遠くなったらしい。
俺は少し笑った。
(そこは、現実にもあるな)
自分も、家を出るときには駅まで歩いている。
*
安西さんから、少しして電話が来た。
「読めました?」
「はい。ありがとうございます」
「二回目に来てくださった方の中にも、最初の回を見た人から聞いた、という方がいました」
俺は、画面に出ている感想をもう一度見た。
四分の映像を見て来た人。
公演を見た人から、話を聞いた人。
少しずつ、来た理由が違うらしい。
「もう一回やるなら知りたい、という声もあって。会場の方とも、続きを相談しています」
「……続きを、ですか」
「同じ作品を、もう少し続けて上演できないかと。長く引き伸ばすより、来られなかった人も見られる日を作りたいんです」
俺は、すぐに台本を手元へ寄せた。
また歌える。
同じ役を、もう少しやれる。
それだけで、話を聞きたい理由は十分あった。
*
「森野さんと小野さんにも、予定を聞いています。久瀬さんは、またこの役をやること自体、どうですか」
「やりたいです」
今度は、返事が先に出た。
安西さんが、少し笑う。
「よかったです」
「……日程は、確認します」
「はい。それは、もちろん」
俺はカレンダーを開いた。
今のところ、店の勤務しか入っていない日もある。
全部を好きに変えられるわけではないけど、前もってわかれば、相談はできた。
「最後の曲、まだ歌いたいです」
付け足すと、安西さんがうなずく気配がした。
「小野さんも、もう少しやりたいことがあると言っていました。土曜日、短く集まれますか」
「はい。午後なら」
まず、話す日が決まった。
*
電話を終え、台本を開いた。
レンがソウに、来てほしい時間を伝えるところ。
二回とも終えた場面なのに、もう一度やれると聞くと、少し違う顔で言ってみたくなった。
鏡を見ながら、短く言う。
「来られるなら」
言い終えたあと、相手の返事を待つ。
今は、部屋に誰もいない。
だからこそ、実際に森野さんから返事をもらえたときの感じを思い出した。
(やっぱり、相手がいるほうがいいな)
一人の時間は好きだった。
でも、この台詞をやるなら、返してくれる人が欲しかった。
*
夜の休憩で、藤崎さんへ話した。
「舞台、またやるかもしれません」
「ほんと? あれ、続くんだ」
「今、相談してます」
「私、あの電話のところ、もう一回見たいな」
俺は少し笑った。
歌のところより、先に出てきた。
「そこ、気に入ってくれましたね」
「うん。最初あんなに人任せなのに、ちゃんと自分で決めるのがよかったから」
俺は、買ってきた飲み物の蓋を開けた。
本人の知らないところで、覚えてもらっている場面がある。
それを聞くと、次にはその場面も、もっとやってみたくなった。
「日が決まったら、教えてね」
「はい」
返事をしてから、勤務へ戻った。
土曜日が、少し待ち遠しくなっていた。




