↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
89/174

第89話 十万八千円の仕事

 舞台の椅子を、壁際へ運んだ。


 練習では、次の場面のために向きを変えていた。


 今日は、そのまま重ねて片付ける。


 机の上から、鍵も紙コップもなくなった。


 俺は最後に、歌詞と部屋の一覧が裏表になった紙を持った。


「それ、もらってもいいですか」


 安西さんへ聞く。


「いいですよ。記念に?」


「はい」


 答えてから、少し照れた。


 あちこち折り目がついた紙だった。


 でも、何度も持って歌ったものなので、そのまま捨てるのは少し惜しかった。


 森野さんが横から見る。


「歌詞のほう、上にして飾るんですか」


「……部屋の一覧では、ないと思います」


「でしょうね」


 俺は紙を、台本の間へ挟んだ。


     *


 片付けが終わると、三人で控室へ戻った。


 小野さんは、譜面の端へ書き足した印を見ていた。


「最初にもらったときから、結構増えました」


 声に合わせて入る場所。


 少し長く待つところ。


 俺は、自分が歌っていたあたりに、丸が増えているのを見た。


「そこ、何回も変えてもらいましたね」


「はい。でも、声が揃うので、試しやすかったです」


 小野さんが言った。


「もしまたやるなら、最後の曲の音、もう少し変えてみたいです」


 森野さんも、台本をバッグへ入れながらうなずいた。


「僕も、まだ違う間でやってみたいところあります」


 俺は二人を見た。


 終わったところなのに、次にやりたいことを話している。


 自分だけではなかった。


「……俺も、また歌いたいです」


「それは、そうだと思いました」


 森野さんに言われ、少し笑った。


 隠せているつもりは、あまりなかった。


     *


 翌日の月曜日、出演料が振り込まれた。


 十万八千円。


 俺は、机に置いていた台本を、その横へ寄せた。


 口座の画面を見てから、表紙を見る。


 六回の稽古と、前日の確認。


 二つの公演。


 その分の金額だった。


 (ちゃんと、入った)


 わかっていた予定でも、実際に増えると嬉しい。


 これで何が買えるかを考えて、すぐにゲームの値段を思い出した。


 その前に、使った交通費をまとめる。


 文化館へは、往復五百二十円。


 九回行ったので、四千六百八十円だった。


 引くと、十万三千三百二十円。


 俺は、メモへ金額を残した。


 舞台の服は手持ちが使えたし、別に大きな物を買う必要もなかった。


 残る分が、思っていたより多い。


 椅子へ深く座り直した。


     *


 前から気になっていたゲームのページを開いた。


 設備を置き、ベルトで材料を運び、工場を広げるゲーム。


 お気に入りへ入れてから、何度か紹介映像を見ていた。


 今日は、買った。


 二千四百円。


 台本を片付けてから、始める。


 最初の設備は、手で材料を入れるものだった。


 一つずつ運んで、少しずつ貯める。


 しばらくして自動で運ぶ道具が買えたので、さっそく置いた。


 材料が、勝手に隣へ流れた。


 俺は、口元が緩んだ。


 (これだよ、これ)


 頭の中の工場では、一秒に数百兆も増えている。


 でも、こっちで材料が一つ勝手に運ばれるのも、ちゃんと楽しかった。


     *


 少し遊んだところで、スマホの通知が鳴った。


 森野さんだった。


『入金、確認しました。久瀬さんのほうも大丈夫でした?』


『はい。確認しました』


『お疲れさまでした。また一緒にやりたいです』


 俺は画面を見て、少し笑った。


『俺もです』


 返したあと、台本のほうへ顔を向けた。


 あの紙を挟んだところが、少し厚くなっている。


 歌詞と、部屋の一覧。


 また使う日があったら、今度は最初から、どちらが表か迷わず持てそうだった。


 ゲームへ戻ると、材料が入口で詰まっていた。


 俺は椅子を引き寄せた。


 (何でそこを通れないんだ)


 今日は、直している時間もあった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。