第89話 十万八千円の仕事
舞台の椅子を、壁際へ運んだ。
練習では、次の場面のために向きを変えていた。
今日は、そのまま重ねて片付ける。
机の上から、鍵も紙コップもなくなった。
俺は最後に、歌詞と部屋の一覧が裏表になった紙を持った。
「それ、もらってもいいですか」
安西さんへ聞く。
「いいですよ。記念に?」
「はい」
答えてから、少し照れた。
あちこち折り目がついた紙だった。
でも、何度も持って歌ったものなので、そのまま捨てるのは少し惜しかった。
森野さんが横から見る。
「歌詞のほう、上にして飾るんですか」
「……部屋の一覧では、ないと思います」
「でしょうね」
俺は紙を、台本の間へ挟んだ。
*
片付けが終わると、三人で控室へ戻った。
小野さんは、譜面の端へ書き足した印を見ていた。
「最初にもらったときから、結構増えました」
声に合わせて入る場所。
少し長く待つところ。
俺は、自分が歌っていたあたりに、丸が増えているのを見た。
「そこ、何回も変えてもらいましたね」
「はい。でも、声が揃うので、試しやすかったです」
小野さんが言った。
「もしまたやるなら、最後の曲の音、もう少し変えてみたいです」
森野さんも、台本をバッグへ入れながらうなずいた。
「僕も、まだ違う間でやってみたいところあります」
俺は二人を見た。
終わったところなのに、次にやりたいことを話している。
自分だけではなかった。
「……俺も、また歌いたいです」
「それは、そうだと思いました」
森野さんに言われ、少し笑った。
隠せているつもりは、あまりなかった。
*
翌日の月曜日、出演料が振り込まれた。
十万八千円。
俺は、机に置いていた台本を、その横へ寄せた。
口座の画面を見てから、表紙を見る。
六回の稽古と、前日の確認。
二つの公演。
その分の金額だった。
(ちゃんと、入った)
わかっていた予定でも、実際に増えると嬉しい。
これで何が買えるかを考えて、すぐにゲームの値段を思い出した。
その前に、使った交通費をまとめる。
文化館へは、往復五百二十円。
九回行ったので、四千六百八十円だった。
引くと、十万三千三百二十円。
俺は、メモへ金額を残した。
舞台の服は手持ちが使えたし、別に大きな物を買う必要もなかった。
残る分が、思っていたより多い。
椅子へ深く座り直した。
*
前から気になっていたゲームのページを開いた。
設備を置き、ベルトで材料を運び、工場を広げるゲーム。
お気に入りへ入れてから、何度か紹介映像を見ていた。
今日は、買った。
二千四百円。
台本を片付けてから、始める。
最初の設備は、手で材料を入れるものだった。
一つずつ運んで、少しずつ貯める。
しばらくして自動で運ぶ道具が買えたので、さっそく置いた。
材料が、勝手に隣へ流れた。
俺は、口元が緩んだ。
(これだよ、これ)
頭の中の工場では、一秒に数百兆も増えている。
でも、こっちで材料が一つ勝手に運ばれるのも、ちゃんと楽しかった。
*
少し遊んだところで、スマホの通知が鳴った。
森野さんだった。
『入金、確認しました。久瀬さんのほうも大丈夫でした?』
『はい。確認しました』
『お疲れさまでした。また一緒にやりたいです』
俺は画面を見て、少し笑った。
『俺もです』
返したあと、台本のほうへ顔を向けた。
あの紙を挟んだところが、少し厚くなっている。
歌詞と、部屋の一覧。
また使う日があったら、今度は最初から、どちらが表か迷わず持てそうだった。
ゲームへ戻ると、材料が入口で詰まっていた。
俺は椅子を引き寄せた。
(何でそこを通れないんだ)
今日は、直している時間もあった。




