第83話 裏にも、書いてあった
日曜日の練習室で、森野さんが紙を裏返した。
「これ、最初から一枚にしませんか」
表には歌詞。
裏には、空いている部屋の一覧が書いてあった。
俺は、渡された紙を見た。
今までは、レンが歌詞を持ち、ソウが別の一覧を持っていた。途中で机へ取りに戻ったり、持ち替えたりしている。
これなら、裏を見れば済む。
「レンが、歌詞の裏を使ってるんですか」
「そう。ソウが調べてきた紙の、空いてるほうに歌詞を書いちゃった」
森野さんが言った。
俺は、しばらく紙を見ていた。
(お前、そこまでやるのか)
便利なのはわかる。
でも、調べてくれた相手には、一言あってもいい気がした。
安西さんが、笑いながらうなずく。
「その二人らしくて好きです。紙を取り合うところも、そのまま使えますね」
*
前回提案した、片付けながら話すところも試した。
コップを置く台を、舞台の横へ寄せる。
俺はそこへ歩きながら、森野さんへ顔を向けた。
「一番安いの、どこ」
「駅から三十五分」
足が、少し止まる。
そのまま歩き直し、コップを置く。
「二番目は」
「先に言えよ」
森野さんが紙を裏返した。
俺は戻ってきて、一覧をのぞく。
椅子は、もう次の向きになっていた。
返事をしている間に、森野さんが動かしてくれたらしい。
小野さんが短い音を弾くと、次の場面へ、そのまま入れた。
「はい。今の流れでいきましょう」
安西さんの声がした。
俺は、ほっとして紙を下ろした。
提案したところが、実際に使われた。
(いいな、これ)
自分一人で考えた形より、返事も物の動きも増えていた。
*
そのあと、通して演じた。
片付けのためだけに待つ時間が減ると、次の台詞へ入りやすかった。
レンは部屋の条件を聞いたまま歩き、安いと聞いて戻ってくる。
ソウは、片付けを終えてから付き合う。
止まっていた間にも、二人が何をしたいのかが見えた。
最後の曲へ入る前、俺は舞台に見立てた床へ立った。
新しく借りた部屋には、まだ何もない。
自分で電話した場所へ来て、少し落ち着かないまま、ソウを待つ。
足音が聞こえる。
「早いな」
森野さんが言った。
「……借りたから」
「そりゃ、借りたら来るか」
俺は少し笑い、それから、歌う前の言葉を続けた。
そこまで、今日は止まらなかった。
*
終わると、安西さんが時計を見た。
「三十五分四十秒。これなら、反応を待てますね」
俺は椅子へ座った。
喉を急かして、短くした感じはなかった。
歌の好きなところも、残っている。
森野さんが紙の裏を見せる。
「これ、一枚で済むようになったのも大きかったですね」
「はい。取りに戻らなくてよくなりました」
「ただ、間違ったほう見せると、歌詞が出ます」
俺は、表を確かめた。
まだ部屋が決まっていないのに、また歌おうとしている人になってしまう。
(それは、ありそうで困る)
紙の端へ、小さい目印をつけた。
安西さんは、その位置を確認してうなずいた。
*
帰る前に、小野さんから、最後の曲のことを聞かれた。
「ソウさんの台詞のあと、今の長さで入れました?」
「はい。あそこ、少し待ってもらえて、よかったです」
「じゃあ、あそこは詰めないでおきます」
俺は、台本の最後のページを開いた。
舞台の中で、本当に聞いてから返したい言葉がある。
そこに使う時間は、残った。
森野さんが、椅子を片付け始める。
俺も、一つ持った。
「こっちは、どこですか」
「壁際です。重ねて大丈夫」
教わったところへ運び、台本をバッグへ入れた。
次の木曜日に、最後の稽古。
土曜日には、本当の舞台で合わせる。
次の紙を裏返してみた。
公演の日付が、いよいよ近かった。




