第78話 八点、ここで使う
土曜日の昼、部屋の椅子を動かした。
台本には、コップを持って机の反対側へ回ると書いてある。その間に、ソウの言葉を聞いて返す。
演技を五にしてから、手と顔を別々に動かすことには、だいぶ困らなくなった。
ただ、今度は場面が長い。
最初は平気な顔をしていて、途中で少し苛立ち、最後には、自分から頼む。その順番を持ったまま、相手の声にも合わせていく。
俺はゲームを開いた。
【演技 Lv.5 → Lv.6】
【必要スキルポイント:8】
【所持スキルポイント:9】
買える。
映像のときは、撮ったところで止めて確認できた。舞台では、前の場面で作った顔も、そのまま次へ続く。
そこまで一度に動かしてみたかった。
(使うなら、今だな)
八点を振った。
残りが一になる。
倍率を上げるには、ずいぶん遠くなった。
でも、今日は先に椅子を持った。
*
台詞を言いながら、机を回る。
紙コップを置き、相手の返事を待つ。
その間、何となく体が止まることがなくなった。
手元をいじる速さで、返事を気にしている感じを出せる。顔は平気そうにして、紙の端だけを少し押さえる。
次は、同じ台詞を少し苛立ったつもりで言った。
コップを置くところまで、少し速くなった。
俺は、その場でもう一度やり直した。
今度は、手は急がせず、目だけ先に相手へ向ける。
鏡を見ると、さっきとは違う顔になっていた。
(おお。こっちもできるのか)
やりたい感じを選ぶと、そのためにどこを変えるかが、前よりはっきりわかった。
変に強い顔になったところは、少し戻した。
まだ一人の部屋なのに、試すのをやめにくくなった。
*
翌日、文化館で同じところを演じた。
森野さんが紙の一覧を見ながら、空いている部屋の条件を読む。
「ここ、駅から二十分」
「遠い」
「安い」
「……何分?」
「聞いてただろ」
俺はコップを持ったまま、一覧へ顔を寄せた。
安いという言葉に、少し態度が変わる。
でも、露骨に目を輝かせるほどにはしなかった。
安西さんが、こちらを見て笑う。
森野さんは、そのまま紙を少し遠ざけた。
俺も、それを追いすぎないところで止まった。
話している途中に相手が動いても、手元のコップを落としたり、次の台詞を待つ顔へ戻ったりはしなかった。
「いいですね。今の距離で」
安西さんが言った。
森野さんが、俺へ紙を戻す。
「ちょっと意地悪しても、ちゃんと返ってくる」
「……してください」
「していいの?」
「はい。試したいので」
答えると、森野さんが楽しそうにうなずいた。
(落とさない範囲でお願いします)
コップは空だったけど、妙なところへ転がっていくのは困る。
*
次に、ソウが早く話を切り上げるやり方を試した。
レンの返事を最後まで待たず、一覧を畳み始める。
俺は一度、口を閉じた。
そのまま畳まれる前に、手を伸ばす。
「そこ、もう一回」
森野さんの手が止まった。
強く言わなくても、まだ話したいことは伝わった。
安西さんが、そこまで見てからうなずく。
「このほうが、安い場所を見つけて気になった感じが出ますね」
俺は、紙を持つ指を見た。
自分で選んだ動きで、相手が次の動きを変える。
映像のときより、途中で試せることが増えていた。
嬉しくて、次のページも開いた。
森野さんが、俺の顔を見る。
「久瀬さん、稽古好きですね」
「……今、できることが増えてて」
「ああ、わかります。帰ってから、もう一回やりたくなるときありますよね」
俺はうなずいた。
昨日も、そうだった。
八点でできることが増えたので、もう少し使い倒したかった。
残りのポイントを、今だけは気にしなくて済んだ。




