第73話 四分十二秒の二人
金曜日に起きると、プラントが七基になっていた。
自動購入の履歴を開く。
日付が変わった、十七秒後に買っていた。
(そこまで起きてたら、見られたな)
少し惜しかったけど、買うところを見るために寝不足になるのも違う。
毎秒の生産は、百六十四兆ほどから百八十五兆ほどへ増えていた。指定した七基になったので、自動購入は止まっている。
演技に使ったあとも、ポイントは九のままだった。
新しい実績までは、まだある。
俺は次の設備の値段を比べ、画面を閉じた。
今日は、昨日見ていた普通のゲームも、もう少し調べたかった。
*
翌日の午後二時、石倉さんのところへ行った。
森野さんは、先に来ていた。
「こんにちは。いよいよですね」
「はい」
「僕、あれから台詞、思い出すんですよ。鍵、返したっけって」
「……返しました」
「ですよね」
森野さんが笑った。
あの鍵なら、ちゃんと担当の人へ渡した。
ただ、同じ場所へ何度も置いたので、俺も机を見ると少し思い出す。
安西さんが、俺たちの前へ椅子を並べた。
「お待たせしました。完成したもの、見ましょう」
照明が少し落とされる。
俺は、椅子へ深く座るのをやめた。
画面の端に、四分十二秒と出ていた。
*
最初に映ったのは、夕方の音楽室だった。
カーテンの端から光が入り、机と椅子の影が床へ伸びている。
森野さんが、椅子を机の下へ戻していた。
そこへ、俺が入ってくる。
役の名前はレンだと、わかっている。
でも、最初はどうしても、自分が入ってきたと思ってしまった。
(お辞儀するなよ)
もちろん、しなかった。
レンは、挨拶も短く、部屋へ入った。
『鍵、明日返すんだからな』
『わかってる』
片付けを続けるソウへ、レンは歌詞の紙を見せる機会を探している。
そこで、次の部屋の話になった。
『……まだ』
俺の返事のあとに、少し間がある。
ソウの手が止まった。
昨日までは自分の声を待って見ていたところで、今日は、その手が気になった。
さっきまで、椅子を運んでいた手だった。
もう、この部屋を片付けるつもりでいる。
レンのほうは、紙を持ったまま立っていた。
『曲は、できた』
『そっちが先かよ』
森野さんが、隣で小さく息を漏らした。
俺も笑ってしまった。
同じ場面を何度見ても、ソウの言うとおりだった。
*
ソウが、バッグを持つ。
帰ると言われて、レンの顔が少しだけ変わった。
自分では、あのとき、そこまで顔を動かした覚えがなかった。
でも、画面が近づくと、目で相手を追ったのがわかる。
『三分だけ、残れよ』
『お前の三分、長いんだよ』
『今日は、短い』
水曜日に録り直した声だった。
つなぎ目は、探してもわからなかった。
レンが、紙を差し出す。
『できたから』
ソウは、しばらくそれを見た。
撮影中、俺が待っていた時間だった。
画面では、その間にソウが何を見ているかも映った。紙の上を目で追い、レンの顔へ戻ってくる。
『聞くだけだからな』
俺は、画面の中の自分がうなずくのを見た。
そこで、歌が始まった。
*
『まだ、ここで』。
何度も歌った、六十五秒だった。
最初は、話しているところから、少しずつ声を伸ばす。
音楽だけで聞いた見本とは違い、歌い始めるまでの二人の会話が、まだ頭に残っていた。
ソウが、バッグを置く。
椅子へ座ったところで、レンの顔が少し緩む。
そのあとの声が、明るくなった。
俺は、背もたれから少し離れたまま聞いていた。
自分が好きだった部分だった。
高い音を出せることも嬉しい。でも、相手が座ってくれたあとで、この声を出せたことも、見てほしかった。
最後の音が消える。
ソウが、顔を上げた。
『……次は、どこでやる』
レンが笑う。
そこで、画面がゆっくり暗くなった。
音楽芝居『六時のリハーサル』の題名と、公演の案内が出る。出演の欄には、俺と森野さんの名前が並んでいた。
四分十二秒。
終わると、部屋の明かりが戻った。
*
「どうでしょう」
安西さんに聞かれ、俺は返事を考えた。
顔は変じゃなかったと思う。
声も、ちゃんと聞こえた。
でも、最初に言いたいのは、そのことではなかった。
「……もう一回、見たいです」
安西さんが、笑った。
「よかった。確認したいところがあったら、そこからでも」
「いえ。最初から」
森野さんが、すぐ隣でうなずいた。
「僕も、もう一回いいですか」
石倉さんが、再生の位置を戻した。
(よかった。俺だけじゃなかった)
二度目は、自分が映っていないところを、もう少し見られた。
ソウが紙を受け取るまでに、何度か、こちらの手を見ている。帰ると言いながら、出ていく動きは少し遅い。
撮影していたときには、俺も自分の動きで忙しかった。
同じ部屋で、森野さんも、いろいろやっていた。
*
見終えたあと、森野さんが言った。
「最後に座るの、あそこにしてよかったです」
「はい。座ってくれたあと、歌いやすかったです」
「それ、撮ってるときも聞こえました。後半、ちょっと嬉しそうになるんですよね」
俺は、膝の上で指を曲げた。
聞いてほしかったところを、言ってもらえた。
(そこです)
「……ありがとうございます」
安西さんが、二人を見た。
「レンとソウがどういう二人なのか、これで見てもらえると思います。明日、公式のページと、会場の案内画面へ出しますね」
俺たちは、うなずいた。
確認するところも、終わった。
部屋を出るとき、石倉さんに曲のことを聞いた。
「この歌、長いものも、あるんですか」
「今、形になってるのは今回のところまで。舞台用は、これから安西さんと相談かな」
「……そうですか」
「続き、歌いたい?」
俺は、すぐにうなずいた。
「歌いたいです」
六十五秒は、撮っているときには十分あった。
完成したものを見ると、もう少し先まで欲しくなった。




