第7話 休みの使い道
翌日の夕方、バイト先の冷蔵庫へ、弁当箱を入れた。
飲みかけのペットボトルを避け、空いているところへ押し込む。中身は、昼に作ったキャベツと卵の炒め物だった。
料理の技能は、今日もちゃんと使えた。
キャベツを先に切り、必要なものを出してから火をつける。途中で慌てずに作れて、出勤前に台所まで片付いた。今日は店へ来る途中、弁当を買っていない。
「あ、お弁当?」
ロッカーを閉めると、入り口に藤崎さんがいた。
「はい」
「自分で作ったの?」
「簡単なのですけど」
「えらいな。私、今日は駅で買っちゃった」
藤崎さんはサンドイッチを出し、袋に名前を書いた。俺の弁当箱の横へ入れる。
料理も褒めてもらえるのか。
(褒められた勢いで、毎日作りますとか言うなよ、俺。明日の俺が困る)
「昨日、やってみたら、案外よかったので」
「それで今日も作れるのがいいんじゃない?」
そういうことなら、ありがたく受け取っておこう。
エプロンをつけ、仕事用の靴へ履き替える。六時まで、あと少しだった。
「相原くんから休みの連絡来てたよ。あとで見せるね」
「はい」
すぐ見たくなったが、フロントには客が二組待っていた。藤崎さんに続き、俺も休憩室を出た。
*
最初の一時間は、受付と片付けが重なった。
四番からグラスを下げ、次の予約に合わせて椅子を戻す。テーブルの下を確かめていると、廊下から声がかかった。
「久瀬くん、七番に取り皿、六枚お願い」
「はい」
トレーへ皿を載せながら、ゲームの続きを見たくなった。
昼に買った改良が、かなりよかったのだ。あのあとどれだけ貯まっただろうと考えかけ、手元へ目を戻す。
皿が五枚だった。
もう一枚足した。
(兆まで計算してるくせに、六で間違えるな)
ゲームは開かずに七番へ向かった。
扉をノックして入ると、次の曲の前奏が始まっていた。
一人がマイクを取って、隣の人が「これにしたんだ」と笑う。
どんなふうに歌うのだろう。
皿を置きながら、少し気になった。昨日までは、曲が始まる前に早く出ることばかり考えていたのに。
「失礼します」
さすがに聞くために残れないので、扉を閉めた。
今日は、店で流れる曲まで、いつもより耳に入ってくる。
九時頃になってフロントが空くと、店長から予約の確認を頼まれた。予定表の人数と部屋を照らし合わせているうちに、来週の自分の休みが目に入った。
「三日後、休みなんだね」
藤崎さんも、同じ欄を見ていた。
「はい」
「相原くんも、その日空いてるって。二時から四時ならどう?」
「大丈夫です」
「よかった。その三日あとも、誘われてるんだけど」
練習が、もう一回あるらしい。
俺は別の日の欄も見た。そちらにも、シフトは入っていなかった。
*
仕事が落ち着いたところで、藤崎さんが相原さんのメッセージを見せてくれた。
次の集まりは、いつものカラオケ店ではなかった。駅の反対側にある市民センターの音楽室を、何人かで借りるらしい。
「相原くんが、ときどき行ってるんだって。今回は二人もどうかって」
午後二時から二時間。
順番に一曲ずつ、歌や弾き語りを聞く会だそうだ。今決まっているのが四人で、俺たちが参加すれば六人になる。
「大会に出る人の、練習ですか」
「そういう決まりはないみたい。相原くん以外は、今回は大会に出ないって」
出ないのに集まって歌うのか、と思ってから、カラオケ店の中にいることを思い出した。
お客さんの大半も、たぶん大会の練習ではない。
申し込んで二日目で、何でも予選のためだと考えすぎている。
「伴奏は音源を持っていってもいいし、楽器でもいいって。カラオケの機械はないみたい。六人なら、部屋代は一人四百円」
四百円なら、行ける。
「……行けると思います」
「日程はね。久瀬くんは、行ってみたい?」
顔を上げた。
そういう意味の、行けるだった。空いているかどうかと値段ばかり考えていた。
「藤崎さんは、どうしますか」
「私は行きたい。初めて聞く人にも、一回聞いてもらいたいんだよね」
藤崎さんはスマホを自分のほうへ戻した。
「二人は曲を決めるところから知ってるでしょ。知らない人だと、どこで顔を上げるのかなって。うまくいったら、予選でも同じように歌いたいし」
『窓の灯り』の、サビの前を思い出す。
俺は、あそこが来るとわかって待っていた。初めて聞く人には、別の部分が気になるのかもしれない。
自分の歌でも、聞いてみたかった。
知らない人がいるのは、もちろん気になる。でも、相原さんも、昨日会ったばかりの人だ。その前で歌って、最後のところを好きだと言ってもらえた。
また、ああいうふうに歌ってみたい。
「……俺も、歌ってみたいです」
「うん。二人で参加するって送っとくね」
答えてから、音楽室にいる人を数えた。
知らない人は三人。藤崎さんと相原さんは、知っている。
たった一時間一緒に練習しただけで、相原さんがいるなら大丈夫かもしれないと思っていた。
家で数字を見ているだけの休日も好きだけれど、次の休みは出かけたい。
ゲームは、留守にしても働いてくれる。こういうときに放置できるのは、かなりありがたかった。
*
十時に休憩へ入った。
弁当を温めながらゲームを開く。
昼の一時半頃、五千億で合成工程の改良を買っていた。三基目の六千四百億より安く、持っている二基をまとめて倍にできるので、先にそちらを取ったのだ。
それで、生産速度は毎秒千六百八十九万ほどになっていた。
仕事をしている間に、次の実績にも届いている。
【累計1,000,000,000,000キューブ生産】
【スキルポイントを8獲得しました】
一兆。
表示を少し眺めてしまった。昨日の朝は、十八億を右から数え直していたのに。
百億で六点、一千億で七点、一兆で八点。報酬は少しずつ増えるらしい。
受け取ると、所持ポイントが十八点になった。
【基礎生産倍率 ×4 → ×8】
【必要スキルポイント:16】
買える。
歌唱の五点も一緒に残せたらよかったが、それには三点足りなかった。
電子レンジが鳴る。弁当をテーブルへ置き、次の設備の値段を確かめた。
倍率を買えば、今夜のうちに三基目の合成ユニットも手に入る。その生産を足していけば、次の実績は三日後の練習より前に届きそうだ。
それなら、歌唱にも間に合う。
俺は倍率を購入した。
【生産速度:33,792,256/秒】
【所持スキルポイント:2】
思わず声を出しかけ、弁当のふたを取った。
八倍。
最初の夜には二倍を諦めたのに、もうここまで来た。
誰かに見せたいが、この画面は写真に写らなかった。そもそも何をしているかから説明しなければいけないので、今は一人で喜んでおく。
箸を取り、炒め物を食べた。
温め直しても、キャベツがべたっとしていない。ちゃんとうまい。
料理の一点も、買って正解だった。まだ二品しか作っていないが、もうかなり気に入っている。
スマホを見ると、藤崎さんから三人の連絡グループへ招待されていた。
入ると、相原さんのメッセージがあった。
『佐伯さんにも伝えた。二人とも歓迎だって』
その人が、音楽室を借りてくれているらしい。
続けて、部屋の写真が届いた。丸椅子と譜面台があり、窓側に小さなスピーカーが置かれている。ステージや、何列もの客席はなかった。
これなら、何となく自分の座る場所を想像できる。
『ありがとうございます。よろしくお願いします』
返信すると、相原さんがもう一つ送ってくれた。
『久瀬くんの曲、ギターでも一回やってみる? 前に弾いたことあるから、三日後に持っていくよ』
俺は箸を止めた。
ギターで歌えるのか。
動画では見たことがある。目の前の人が弾いて、それに合わせて歌うのは、やったことがなかった。
『帰り道』をギターだけで聞いたら、どんな感じになるのだろう。
『一度やってみたいです』
今度は、すぐに返せた。
*
十一時に勤務を終えると、店長はフロントで伝票を見ていた。
「お先に失礼します」
「お疲れさま。目はもう平気?」
最初に数字が見えた夜、休憩を延ばしてもらったことを思い出した。
「今は、大丈夫です」
「そっか。気をつけて帰ってね」
礼を言って、店を出た。
家で風呂に入り、空の弁当箱を洗う。日付が変わって十二時半になる頃、三基目の合成ユニットを買った。
六千四百億を使っても、改良と倍率が初めから効く。生産速度は、毎秒四千九百七十九万ほどになった。
次の実績には、練習の日の朝までには届く。
画面を閉じ、スマホの予定表へ二つ書き込んだ。
いつもの店で練習する日。その三日後に、市民センターで歌う日。
持ち物には、相原さんが教えてくれた『飲み物、室料四百円』も入れた。
今のうちに分けておこうと財布を開くと、百円玉は一枚だった。
持ち物の下へ、小銭、と書き足す。
それからもう一度、ギターを持っていく、というメッセージを読んだ。




