第63話 相手役は、よくしゃべる
木曜日の朝、塔が二基になっていた。
履歴には、午前三時二十九分とある。
俺が寝ていた間に買い、指定どおり止まっていた。
毎秒の生産は、十四兆ほどから二十七兆ほどへ増えている。
スマホで遊ぶほうのゲームも寝ている間に進んでいたので、起きてすぐ、二つとも確かめた。
(朝から、いいな)
今日は、出演の返事も来る予定だった。
*
昼前に、安西さんからメールが届いた。
レン役を、お願いしたい。
その一文を見て、俺は椅子へ座った。
立って読んでいたことに、そのとき気づいた。
出演料は、本人の受取で六万円。
今回の読み合わせ、現場の確認、二日間の撮影、一時間以内の音声の追加を含み、交通費も込み。支払いの日まで、一覧にしてあった。
俺は、撮影日を勤務の予定と並べた。
二週間先の金曜日と土曜日。どちらも午後二時から六時までだった。
候補日が届いた昨日、店長へ二日分の希望休を相談していた。その二日と一致している。
映像の使い方も、月曜日に聞いた公式ページと会場の案内だった。
返事を書いた。
『お願いします。レン役、やらせてください』
送ってから、六万円の欄をもう一度見た。
(やらせてください、本当に)
台詞も歌も、両方やれる仕事だった。
*
正式に引き受けたあと、読み合わせの時間も決まった。
日曜日の午後二時から四時。
相手役の森野さんとは、その前に短い通話で挨拶することになった。
待つ間に、ゲームの改良欄を見る。
塔が二基になって、新しいものが選べるようになっていた。
【循環同期】
【価格:1,200京キューブ】
【各塔の毎秒複製回数:20 → 80】
塔同士の動く間隔を揃えて、同じ時間に複製できる回数を増やすらしい。
買えば、今ある二基にも、この先の塔にも効く。
説明を読み、購入後の生産を見た。
毎秒、百八兆ほど。
(それは欲しい)
ただ、今朝、塔にほとんど使ったばかりだった。
プラントを増やすのと比べてみたが、この改良のほうが早く元を取れそうだ。
次は千二百京まで貯めることにした。
買えるのは、来週の前半くらい。
待つものが、またできた。
*
夕方前、通話をつないだ。
画面には、二十代半ばくらいの男性が映っていた。
「森野です。よろしくお願いします」
「久瀬です。よろしくお願いします」
「試した映像、見せてもらいました。声、いいですね」
「……ありがとうございます」
「僕、歌のほうはあまり得意じゃなくて。今回、聞く側で助かりました」
森野さんが笑った。
話す速度が、俺より速い。
こちらの返事を待ってくれるが、待っている間も、何か楽しそうな顔をしている。
(よくしゃべる人だ)
俺は、そのままの感想を持った。
嫌な感じはしなかった。話題をこちらで探さなくていいので、むしろ助かった。
「ソウって、ただ帰りたいわけじゃないと思うんですよ」
森野さんは、台本を手に取った。
「この部屋で続けても、もう人を呼べない。片付けもあるし、明日のことも考えないといけない。でも、レンの歌は嫌いじゃない」
「はい」
「だから、歌い始める前にすぐ座っちゃうのは、違うかなって。日曜、ちょっと試させてもらえたら」
俺は台本を開いた。
ソウが座るところには、短い説明しか書いていない。
いつ座るかでも、見え方が変わるらしい。
「……お願いします。俺も、やってみたいです」
「よかった。安西さんにも聞いてみます」
自分の台詞をうまく言うことばかり考えていたが、相手にも、やりたいことがある。
それがわかると、日曜日が少し楽しみになった。
安西さんが読んでくれたときとも、違う返事が来そうだった。
通話を終える前に、森野さんが聞いた。
「普段は、どんな曲を歌うんですか」
俺は、最近の公演の曲を二つ挙げた。
「『帰り道』、好きです。あれ、高いですよね」
「はい。最後が」
「聞いてみたいなあ」
俺は一瞬、今日まだ歌える時間があるか考えた。
ここは、自分の部屋だった。
(今、この通話では駄目だろ)
「……機会があれば、ぜひ」
そう返した。
日曜には別の歌を合わせる予定がある。
まずは、そちらだった。
通話を切ったあと、レンの台詞に線を引き直した。相手の名前が書かれたところも、一緒に見ておく。
声を出す番だけ追っていたときより、読むところが増えていた。




