第60話 歌も、やりたいです
金曜日の昼、ゲームの実績欄に印がついていた。
累計千京。
昨日の朝に届いていたらしい。
俺は報酬を開いた。
【スキルポイント×15を受け取りました】
【所持スキルポイント:33】
三十三。
その数字を見て、すぐ恒久強化へ移った。
【基礎生産倍率 ×16】
【必要スキルポイント:32】
(買える。やっと、こっちも)
今までは八倍で動いていた。十六にすれば、古い炉も、プラントも、中枢も、塔も、全部が今の二倍になる。
歌唱の九は三十四ポイントだった。
まだ一点、足りない。
ただ、今日は倍率を先に取りたかった。
歌唱は八を使って、まだ新しい曲を歌えている。英語も演技も、買ってすぐ役に立った。
次に別のことをしたくなったとき、また早く買えるようにしておきたい。
俺は三十二点を使った。
【基礎生産倍率 ×16】
【所持スキルポイント:1】
生産速度が、毎秒およそ七兆から十四兆へ変わる。
数字の増え方を、しばらく見た。
(これだよなあ)
ここまで来ても、倍になる瞬間は好きだった。
*
次に狙うのは、塔の二基目だった。
一基目のときよりずっと高いが、今は中枢が三つある。その分を、もう一基の塔でも複製できる。
プラントをもう一基増やす案とも比べて、今回は塔を先にすることにした。
自動購入を開く。
前にプラントが五基になったところで止まっていたので、対象を塔へ戻し、上限を二基へ変えた。
【対象:循環複製塔】
【停止条件:所有数2基】
【必要キューブを待っています】
現在は一基。
必要な分が貯まったら、もう一基を買って止まる。
設定を確かめ、閉じた。
ゲームを眺めていたい時間もあるが、今は歌う間に買っておいてくれる機能が、かなり気に入っていた。
*
夕方の勤務まで、まだ時間があった。
俺は英語のゲームのページを開いた。
以前は、最初の画面から何をすればいいのかわからなかったものだ。
今日は説明の短い文章が読めた。最初に採掘場を作り、取れた石で道を延ばすらしい。
ボタンを押した。
小さな人が、一人で石を運び始める。
もう一人増やすために、石が必要だった。
俺は少し机へ近づいた。
(はい。そういうやつね)
知っている遊びだった。
そのまま遊んでいると、一人が掘った石を、もう一人が運ぶ形にできた。掘るほうだけ増やしても、運ぶ人が足りなくなる。
説明を読み直して、先に道を一本延ばす。
石が運ばれる間隔が短くなった。
俺は、その動きを少し眺めた。
英語は、受付で使うつもりで買った。
こっちで遊べるようになったのも、かなり嬉しかった。
*
夕方にはゲームを閉じ、冷蔵庫から卵と残っていた野菜を出した。
フライパンを温め、先に野菜を炒める。
料理のスキルは一のままだったが、火を止める頃合いは前よりわかる。卵を入れたあと、固くなりすぎる前に皿へ移した。
盛り付けは、いつもどおりだった。
食べると、ちゃんとうまい。
(よし。今日はこれでいい)
机の端には、公演で使った曲順の紙が残っていた。
五つの題名を見て、日曜日の広場を思い出す。
録った曲を知っていると言った子供。
前にも来たと話してくれた人。
藤崎さんが、また聞きたいと言ってくれた最後のサビ。
次も、人の前で歌いたかった。
そのための相談が来たら、また予定を合わせるつもりだった。
*
翌日の土曜日、昼前に石倉さんから連絡が来た。
俺は昨日のゲームを開いていたが、通知を見て、先にメールへ移った。
新しい録音の話だろうか。
添付の有無を見てから、本文を読む。
『先日の出演告知を見た方から、久瀬さんをご紹介できないかと相談がありました』
続きを開く。
安西さん、という人だった。
近くで音楽芝居の企画を進めている演出担当で、石倉さんは、その企画の音楽についても相談を受けているらしい。
公演の宣伝に使う短い映像で、歌と台詞のある役を探している、と書かれていた。
俺は画面から顔を上げた。
台詞。
もう一度、読んだ。
やはり、台詞と書いてあった。
*
安西さんは、告知が使われていた先週のうちに、あの十五秒を見ていたらしい。
石倉さんからは、声の録音でも歌い方の変更へ早く対応できることを伝えたとあった。
『すぐ出演を決めるという話ではなく、一度、内容を聞いていただければとのことです。興味があれば、おつなぎしてもよろしいでしょうか』
俺は、演技の欄を開いた。
レベル三。
家で録画して、十五秒の告知を撮った。そのときは、相手を誘う声と顔を作れた。
今度は、誰かの役をやるらしい。
どんな人で、何を言うのだろう。
台本も見ていないので、できると返すことはできなかった。
でも、気になった。
いつもの俺なら言わないような台詞を、ちゃんとした顔で言ってみる。
撮ったものをあとから見たら、どう見えるのか。
想像すると、少し落ち着かない。
(格好いい台詞だと、いいな)
そこへ期待している自分に気づいた。
まだ、何の役かもわかっていなかった。
*
返信の欄を開いた。
『お話を聞きたいです。紹介をお願いします』
短く書き、送った。
スマホの予定表を開き、来週の勤務を確かめた。平日の午後なら、いくつか空いている。相手の候補日が届いたら、そこから合わせるつもりだった。
スマホを机へ置いたあと、メールをもう一度開いた。
歌と台詞のある役。
歌のほうには、何を求められるのだろう。
短い旋律か、一曲なのか。
石倉さんが作るなら、また聞いたことのない歌かもしれない。
俺は返信をもう一つ開いた。
(言っておこう。こっちも)
『歌も、ぜひやってみたいです』
送ってから、少し笑った。
役を引き受けるかどうかも決まっていないのに、歌いたいことだけは、先に伝えてしまった。




