第59話 次は、私の曲
木曜日の夜、駅の近くで、相原さんと藤崎さんに会った。
相原さんの仕事が終わる時間に合わせ、三人で晩ご飯を食べることになったのだ。俺と藤崎さんは、この日は店の勤務がなかった。
店の前へ着くと、相原さんが先に待っていた。
「お疲れ。日曜、間に合わなくてごめんな。用事が長引いてさ」
「いえ。連絡、ありがとうございました」
公演の日、来られなくなったとメッセージをもらっていた。
俺は出番の準備をしているところで、了解です、とだけ返した。公演のあとも、まだあまり話せていなかった。
「また聞きに行くよ。藤崎さんから、いい公演だったって聞いた」
「はい。……また歌いたいです」
相原さんが笑う。
「そっちの予定も、また教えて」
俺はうなずいた。
ちょうど、藤崎さんが駅のほうから来た。
「ごめん、お待たせ。あ、ここの餃子おいしそう」
入口の写真を見て、先に言った。
俺も、さっきから見ていた写真だった。
*
店に入り、壁際の四人席へ座った。
麺を一つずつ頼み、餃子も注文する。
「一皿、六個だって」
藤崎さんが言った。
「二皿にしない?」
相原さんがメニューをこちらへ向ける。
俺はすぐにうなずいた。
三人で二皿なら、四個ずつある。
(その案に賛成です)
注文が終わると、藤崎さんがスマホを出した。
「これ、申し込もうと思って」
画面には、商店街で開かれる『みなみ通り音楽の日』の案内が出ていた。
駅から二駅先の場所で、三週間ちょっと先の日曜日。参加者が順番に歌ったり、演奏したりする催しらしい。
俺はスマホへ少し顔を近づけた。
「一組、八分以内なんですね」
「うん。だから、一曲しっかり歌いたいなって」
「あの曲ですか」
「そう。『青いスニーカー』」
歌会で試していた曲だった。
あのとき、サビの前で藤崎さんが少し体を揺らしていたのを覚えている。普段より軽い曲で、聞いているほうも楽しかった。
*
「点数は、つかないんだ」
相原さんが案内を見て言った。
「うん。参加が多かったら抽選だって。出られた人は、みんな最後までやれるみたい」
「いいね。八分あれば、話も少しできる」
藤崎さんは、うなずいた。
前の大会では、本選で最後まで歌った。それができたことは、何度か楽しそうに話していた。
今度は、この歌を聞いてほしいらしい。
「この前の歌会で、歌ってる途中から楽しくなってきて。もうちょっと人のいるところで、あれ歌いたいなって思ったんだよね」
「……いいと思います」
「ほんと?」
「はい。聞いてて、楽しかったです」
俺が言うと、藤崎さんは少し笑った。
「よかった。今度は最後のほうも、もっと余裕ある感じにしたい」
本人にも、やりたい歌い方がある。
俺は、曲名の載っている入力欄を見た。
「どのくらいの長さでしたっけ」
「四分二十秒。紹介入れても、大丈夫そう」
八分なら、十分に歌える。
気になっていた残り時間を確かめてから、俺は顔を上げた。
「出られたら、教えてください。聞きに行きたいです」
「うん。決まったら送る」
*
餃子が来た。
藤崎さんはスマホをいったん机へ置き、皿のほうを見た。
「あ、熱そう」
相原さんが小皿を配ってくれる。
俺も箸を取り、手前の一つを取った。
食べると、思ったより熱かった。
少し待ってから飲み込み、水を飲む。
相原さんが言った。
「俺も、来月くらいにまた弾き語りへ出たいんだよな。ただ、ここのところ平日は帰るのが遅くて」
「忙しいんですか」
「ちょっとね。日曜だけ空けば出られるところを探してる。何日も準備で呼ばれるのは、今はきついかな」
俺は、うなずいた。
俺も、録音を引き受ける前には勤務表を見た。行ける日に、やりたいことがあるとは限らなかった。
「家では弾いてるんだけどね。前に歌会で試したやつ、通してやってみたくて」
「あの、途中で弾き方が変わる曲ですよね」
「そう。あそこ、ようやく引っかからなくなってきた」
相原さんは、テーブルの端で指を少し動かした。
そのあと、笑って箸を取る。
「ああいうの、人に聞いてもらいたくなるよね」
「……なります」
俺は、すぐに答えた。
できるようになったところを、誰かに聞いてほしい。
自分でも、もう一回やりたい。
そこは、二人と話していてもよくわかった。
*
麺が運ばれてくる前に、藤崎さんが申し込みを進めた。
日程をもう一度見て、曲名と長さを確認する。
参加できることになった場合の連絡先も、本人が入力した。
「送っちゃおうかな」
「いいんじゃない?」
相原さんが言う。
俺も、うなずいた。
藤崎さんは画面を見て、少し息を吸った。
送信を押す。
そのまま、届いた表示をしばらく見ていた。
「送った」
「お疲れ」
相原さんが笑った。
俺は聞いた。
「結果は、いつですか」
「来週の火曜日までに連絡だって」
あと五日だった。
藤崎さんは、その予定をスマホへ入れた。
「出られるといいなあ」
俺も、出られたらいいと思った。
俺は催しの日付を自分のスマホへ入れた。出られることになったら、店の勤務と合うか確かめておきたい。
*
食べながら、話は俺の告知映像にも戻った。
「あれ、何回くらい撮ったの?」
相原さんが聞いた。
「会場では、二回です」
「少ないね。家でもやった?」
「はい」
「どんな感じ?」
俺は箸を止めた。
机にスマホを置いて、真剣な顔で催しへ誘っていた自分を思い出す。
(その話、広げなくていいんだけどな)
「……最初は、あまり」
「見たいな」
藤崎さんが言った。
「見せないです」
今度はすぐに答えた。
二人が笑う。
俺は麺へ戻った。
完成した映像は、また見てもらってもよかった。
最初の練習用まで、人に渡すつもりはなかった。
*
店を出る前に、それぞれが自分の食事代と、餃子の分を払った。
駅前で別れるとき、藤崎さんはもう一度、申し込みの受付メールを見ていた。
相原さんは、来週の会社の予定を確認している。
俺もスマホを出し、次の店の勤務を見た。
そのあとに、歌う予定をもう一つ入れたくなった。
「次、何か決まったら、また送ります」
俺が言うと、二人はうなずいた。
「私も。火曜に連絡するね」
藤崎さんがスマホをしまった。
俺は、駅の入口で二人に手を上げた。
家へ帰ったら、『青いスニーカー』も一度聞こうと思った。
自分で歌う曲を選ぶときとは別に、次に聞くのが楽しみな歌が増えていた。




