第58話 次の練習代も、ここから
月曜日の昼、口座に二つの入金があった。
ステーションスクエアから、三万円。
昨日の出演料二万五千円と、その前に撮った告知の五千円だった。
もう一つは、石倉さんから一万八千円。
パン店の歌の代金だった。
俺は、連絡にあった金額と照らし合わせた。それぞれへ、受け取ったことを返す。
返事を終えてから、もう一度、口座の画面を開いた。
四万八千円。
歌う前、録る前に見た金額が、二つとも入っていた。
(いいな。これは、いい)
椅子にもたれ、少し長く見た。
昨日の歌も楽しかったが、こちらも別に嬉しかった。
*
ノートへ、今回の分を書いた。
石倉さんの制作室へ行く電車が、往復四百八十円。
告知の撮影と昨日の公演で、バスを二往復。合わせて八百八十円。
公演の練習で借りた部屋は、一時間ずつ二回。千四百四十円だった。
必要だった分を引くと、四万五千二百円が残った。
試し録りから始めた前の仕事とは、別の行にしておく。
ゲームもノートへ書き始めたら大変なことになるが、現実の入金は、まだ一つずつ書ける数だった。
ただ、その数が増えている。
今回の交通費も練習代も、前の仕事でもらった分から出せた。
コンテストの十万円へ、毎回手を伸ばす必要はなかった。
俺はペンを置き、来週の予定を見た。
次に曲の相談が来ても、部屋を借りて試せる。
今までは、その七百二十円が気になることもあった。今日は、必要ならもう一時間取れると思えた。
*
宮田さんから、昨日のお礼が届いた。
『日なたのベンチ』を入れたことと、告知に使った曲を全体で歌ったことに触れてあった。
聞き覚えのある曲があって立ち止まった、と案内所で話していた人がいたらしい。
俺は、客席の前で口元を動かしていた男性を思い出した。
その人かどうかはわからない。
でも、あの曲を提案してよかったと思った。
『また日程が合うときに、ぜひご相談させてください』
メールの最後に、そう書いてあった。
俺は返事へ、次も歌いたいことを入れた。
それから、日曜日の出演なら、店の希望休の締め切りより前に相談をもらえると合わせやすいと伝える。
何もない日だけを待っていたら、予定はなかなか空かない。
歌う仕事があるなら、先に空けておきたかった。
*
石倉さんへも、録音に行きやすい時間を書いた。
今の勤務なら、平日の午後早い時間が合わせやすい。ただし、日によって入る時刻が違うので、その都度確かめる。
文章を読んでから、最後に一行足した。
『短い歌も、またやりたいです』
送信する。
すると、少しして返事があった。
『了解です。先に候補日をいくつか送るようにしますね。今回の店からも、声が店の雰囲気に合っていたと聞いています』
俺は、パンの並んでいた映像を思い出した。
あの二十秒も、ちゃんと使われている。
(またパンの曲でも、いいですよ)
食べたくなるのは困るが、歌うのは楽しかった。
さすがにそこまでは送らず、礼だけ返した。
*
出勤すると、藤崎さんが受付の案内を見ていた。
「あ、久瀬くん。前に言ってた英語、聞いてもいい?」
「はい」
「延長したいか聞くとき。昨日もあって、翻訳でやったんだけど」
俺は、受付の端でメモを一枚取った。
相手がもう少し使いたいか聞く、短い言い方を書いて、声に出す。
藤崎さんが繰り返した。
俺も、もう一度、ゆっくり言った。
「こう?」
「はい。わかります」
「そのあと、何か長く返されたら?」
俺は少し考えた。
自分も、そこがわからなくて二に上げたのだった。
「ゆっくりお願いします、も書いておきます」
「それ、欲しい」
もう一行足した。
店でよく聞かれることからなら、俺でも教えられそうだった。
藤崎さんは紙を見て、最後にもう一度、声に出していた。
「ありがと。今度、使ってみる」
「はい」
受付に呼び出しが入り、俺はそちらへ向かった。
歌う仕事が増えても、店ではいつもの案内が続いている。
今日のお客さんは、飲み物の注文方法が知りたいようだった。日本語だったので、いつもの説明をした。
*
休憩でスマホを見たとき、昨日の告知ページが更新されていた。
催しは終了しました、と書かれている。
俺が話していた十五秒の映像も、予定どおり下げられていた。
もう一度見るには、手元へ届いた確認用を開けばよかった。
少しだけ寂しかったが、昨日、そこから実際に来た人がいたことを思い出した。
次に載るときも、見つけてもらいたい。
俺は予定表を開いた。
次の公演の日は、まだ入っていない。
それでも、相談を受けたいことは伝えてある。
店の休憩が終わる時刻を確かめ、スマホをしまった。
家へ帰ったら、あの二十五分で歌わなかった曲も聞いてみるつもりだった。
歌いたい曲は、五つで終わっていなかった。




