第54話 あの曲も、歌っていい
木曜日、石倉さんから届いた二十秒の映像を見た。
パンがトレーへ並び、焼き上がりの案内が出る。その後ろで、火曜日に録った俺の声が歌っていた。
最後に、店の名前。
声が終わるところで、画面もきれいに収まった。
俺は問題がないことを返し、特に最後の聞こえ方が好きだと添えた。
追加の録音は、しなくてよくなった。
石倉さんがこのまま店へ完成版を渡し、来週の月曜日から使われる。支払いの日も、最初に聞いたとおりだった。
一件、終わるところまで来た。
俺は続けて届いたメールを開いた。
宮田さんからだった。
*
公演で『ひとつ先の週末』を歌ってよいか、石倉さんからも相談してくれていたらしい。
今度の広場でも歌って構わない、と返事があった。
『前の催しで流していた曲を、今度は歌っているご本人から聞けるので、ぜひお願いします』
俺は、そこをもう一度読んだ。
(よし)
すぐに返事を書いた。
お願いします。二分十八秒の全体を歌いたいです。
すでにそう伝えていたのに、また長さまで書いてしまった。三十秒だけになったら困る、という気持ちが出たらしい。
そのまま送る。
石倉さんから、声の入っていない伴奏も届いた。
冒頭には、歌い出しまでわかるよう、短い合図を加えてあるという。会場の人と確かめやすいように、合図の有無で二つに分けてくれていた。
俺はイヤホンをつけた。
聞き慣れた前奏が始まる。
歌い出すところになっても、俺の録った声は入らなかった。
代わりに、小さく歌った。
(ああ、これで歌えるのか)
録音したときにも聞いた伴奏だった。それでも、次にこれを使う場所を考えると、また最初から歌いたくなった。
*
昼の十二時、ゲームの実績を受け取った。
累計百京。
履歴を見ると、火曜日の午後には届いていた。録音を終えたあとも、塔はずっと動いていたらしい。
【スキルポイント×14を受け取りました】
【所持スキルポイント:22】
英語に使った二点を引いた残りに、十四点が足された。
基礎倍率を十六にするには三十二点。まだ届かない。
ただ、設備は買えた。
所持は百三十京ほどになっている。プラント五基目と、中枢三基目を比べた。
値段だけなら、プラントのほうが安い。
でも、中枢を買えば、その一基が作る分を塔も二十回複製する。買うことで増える量を見て、費用を回収する時間を比べる。
今は、中枢を先に買うほうがよかった。
購入する。
所持キューブが、百二十二京以上減った。
(使ったなあ)
一桁の頃から同じボタンを押しているのに、額面だけがとんでもないことになっている。
生産は、毎秒およそ四兆から六兆へ上がった。
次はプラントを五基にする。自動購入の対象を変え、上限も五基へ直して動かした。
今残ったキューブからでも、明日の午後には買える。
俺は、二つの中枢しかなかった場所を少し眺めた。
三つ目が動いているのを見ると、もう一基欲しくなった。ただ、次の価格を見てから、いったん閉じた。
明日のプラントで、先に楽しむことにした。
*
その日の夕方、宮田さんと電話で曲順を相談した。
最初は『晴れたら遠回り』。
二曲目に『日なたのベンチ』を入れて、三曲目が『ひとつ先の週末』。『四月の傘』から『帰り道』へつないで終わる。
「五曲で、十八分四十三秒です。間の紹介を入れて、二十三分か二十四分くらいにしたいと思っています」
メモを見ながら伝えた。
宮田さんは、一曲ずつ確かめていた。
『ありがとうございます。三曲目の前に、ワークショップの映像で歌っていた曲だと、短くお話しいただけますか』
「はい」
『知っている方は、きっと嬉しいと思います』
俺も、知っていたら嬉しい。
聞き覚えのある前奏が始まって、そのあとに自分の知らない続きがある。そういう曲を、一度に最後まで聞くのは好きだった。
歌う側でも、やってみたかった。
*
電話を終えようとしたところで、宮田さんが言った。
『もう一つ、ご相談してもよろしいですか。出演の告知で、短い映像を撮れたらと思いまして』
「……映像、ですか」
『はい。お名前と時間、聞きに来てください、という一言を。十五秒くらいです』
俺はメモの端へ、十五秒、と書いた。
今日見たパンの歌より、短い。
でも、歌うだけではないらしい。
『撮影は日曜日の午後、館内で一時間ほど。出演料とは別に、五千円をお支払いします。交通費込みで、公演分と一緒のお振込になります』
「はい」
『館内の画面と、施設の催し案内ページで、公演当日まで使う予定です。お顔も映りますので、無理でなければ』
顔。
俺は机の黒い画面に、ぼんやり映っている自分を見た。
いつもどおり、眠そうだった。
この顔で、聞きに来てくださいと言う。
(起きてるほうを撮ってほしい)
もちろん起きている。ただ、そう見えるかは別だった。
勤務の予定を開いた。日曜日は、夕方からで間に合う。
俺は、少し迷った。
顔が残るのは気になる。でも、その映像を見て聞きに来る人が増えるなら、やってみたい。
五千円も、欲しい。
「……お願いします。撮る内容を、先に見せていただいてもいいですか」
『もちろんです。言っていただく文章をお送りしますね』
電話を切ったあと、メモに丸をつけた。
歌う曲が増えて、その前に、話す仕事も一つ増えた。
*
金曜日の午後、プラントが五基になった。
自動購入は、指定したところで止まっている。
生産速度は毎秒七兆ほどになった。中枢を一つ増やしたあとでプラントをつないだ分、塔が複製する量もまた増えていた。
土曜日には、予約しておいたカラオケの部屋へ行った。一時間、七百二十円。
『日なたのベンチ』を入れる。
よく知っているサビの手前に、思ったより低い音があった。聞いて確かめ、もう一度、最初から歌う。
今度は、低い言葉もはっきり出た。
そのままサビへ入ると、声が楽に上がった。
俺は、マイクを少し離した。
(これ、いいな)
最後まで歌ってから、『ひとつ先の週末』の伴奏も確かめた。合図があれば、迷わず入れる。
もう一度歌おうとして、残り時間を見た。
今日は五曲を通すために来たのだった。
好きなところばかり繰り返すと、最後の曲まで行かない。端末を持ち直し、次の曲を選んだ。




