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第52話 返事まで、わかった

 金曜日の夜、受付で差し出された端末には、英語の画面が出ていた。


 二人連れのお客さんだった。片方の男性が、画面の端を指で示しながら話す。


 英語だということは、わかった。


 料金について聞かれているらしいことも、たぶん、わかった。


 その先が続かなかった。


 俺は受付の下から、英語の案内を出した。六十分の料金が載っているところを示す。


 男性はうなずいたが、今度は別のところを指して、もう一度聞いてきた。


 隣の女性が、指を三本立てた。


 三人、ではないらしい。


 (人数だけは、違うとわかるんだけどな)


 待ってもらうよう短く伝え、店長を呼んだ。


 店長も流暢に話すわけではなかったが、翻訳の画面で確認しながら、追加の三十分について聞きたいのだと確かめた。


 最初に一時間使って、あとから延長できるか。


 その場合、追加料金はいくらか。


 そういうことだった。


 俺は案内の該当する部分を指し、空き状況によることも、店長と一緒に伝えた。


 男性が笑って礼を言う。


 部屋へ案内して戻ると、店長が翻訳画面を閉じていた。


「延長のところ、もう少し大きく書いておこうか」


「はい。お願いします」


 受付へ戻り、さっき相手が指していた欄を見た。


 日本語なら、いつも説明している内容だった。


     *


 仕事から帰って、日付が変わった頃。


 俺は机にスマホを置き、ゲームのスキル一覧を開いた。


 英語。


 歌唱を探すときにも、何度か通り過ぎた項目だった。


【英語 Lv.0 → Lv.1】

【必要スキルポイント:1】


 残りは十ポイントある。


 困ったら翻訳を使えるし、今日のお客さんも無事に部屋へ入った。それでも、自分で返事ができたら、もう少し楽だったはずだ。


 料金を指してからの沈黙が、結構長く感じた。


 (あの時間、できれば減らしたい)


 歌と料理の次に、英語を買った。


【英語 Lv.1】

【所持スキルポイント:9】


 スマホで、「三十分延長できますか」に当たる英文を調べる。


 短い文章だった。


 表示を見て、少し止まった。


 言葉がわかる。見覚えのある単語を一つずつ日本語に置き換えなくても、何を聞いているのか、すっと入ってきた。


 音声を流した。


 続けて言われても、文章の切れ目が聞き取れる。


 俺も、小さく繰り返した。


 舌が、いつもより動かしやすい。カタカナで覚えたものを無理に並べる感じが薄かった。


 (おお)


 もう一度、音声を流す。


 そして、俺も言う。


 そのあとに再生ボタンを押しかけて、やめた。


 家で一人、延長してほしい客をずっとやっている。


 店員の返事のほうも、調べることにした。


     *


 土曜日の昼過ぎ、短い英会話の動画を見ていた。


 案内をする側の言葉は、前よりよくわかった。こちらから言いたい文章も、簡単なものなら組み立てられる。


 ただ、相手の返事が長くなると、聞き取れないところがあった。


 同じ場面を戻し、もう一度聞く。


 聞きたかったのは後半なのに、また最初の挨拶から始まった。


 (そこはもう知り合ったから)


 再生位置を少し先へ動かした。


 一になった変化は、十分にわかる。


 それでも、実際に誰かと話すなら、相手が何を言っているのか、もう少し知りたかった。


 英語の欄を見る。


【英語 Lv.1 → Lv.2】

【必要スキルポイント:1】


 もう一点、使った。


 動画を戻す。


 今度は、途中でつながって聞こえていた言葉を拾えた。予約の時間を早めたいが、同行者がまだ来ていない、と話している。


 日本語の字幕を出して、確かめた。


 合っていた。


 俺は椅子の背へもたれた。


 二点で、できることが増えた。


 英語を使う用事は今まで少なかったが、こうなると、別のものも読んでみたくなる。前に見つけて、説明が英語ばかりだったゲームもあった。


 履歴を探しかけて、時計を見た。


 出勤までに、昼ご飯を食べる必要があった。


 (ゲームの説明だけ、あとで読む)


 それで済むかは、開いてから考えることにした。


     *


 その日の夕方、受付へ来た女性が、入口を振り返りながら英語で話しかけてきた。


 昨日とは別のお客さんだった。後ろに、友人らしい二人が立っている。


 予約はしていないが、今から三人で入れるか。


 今度は、何を聞かれたかわかった。


 俺は空室を確かめて、入れることを伝えた。利用したい時間を聞くと、女性は友人のほうを向いた。


 向こうの二人が何か相談し、女性がこちらへ向き直る。


 まず一時間。まだ歌いたければ延長したい。


 昨日と似た話だった。


 俺は英語の案内を出した。


 料金を示し、延長には追加料金がかかることと、部屋の空きによっては延長できないことを伝える。


 言葉を探すための時間は、少しあった。


 でも、途中で止まらず説明できた。


 女性はうなずき、次は飲み物について聞いた。


 追加で注文できるか、という内容だった。


 これも、わかった。


 俺はメニューを渡し、部屋の端末から注文できることを説明した。


 相手が笑った。


 そこでようやく、俺は自分が普通に案内を進めていることに気づいた。


     *


 部屋から戻ると、藤崎さんが受付の紙を補充していた。


「英語、話せるんだね」


「……簡単な案内なら」


「助かる。私、聞き返すところから緊張しちゃう」


 俺も、緊張はした。


 ただ、何を聞かれているかわかるだけで、ずいぶん違った。答えの内容まで一から考える必要はなく、いつもの店の説明をすればよかった。


「延長のこと、聞かれました」


「ああ。よく聞かれるよね」


「はい」


 藤崎さんは、補充した案内を揃えた。


「今度、時間があるとき、その言い方教えて」


「……わかりました」


 教える側になる予定はなかった。


 頭の中で、さっきの文章をもう一度確かめる。言えそうだった。


 (よし。延長のところだけなら任せてくれ)


 そこから全部の英語を任されると、まだ困る。


 でも、昨日呼んだ店長を、今日は呼ばずに済んだ。


 受付へ戻ると、部屋の端末から飲み物の注文が入った。


 さっきの三人の部屋だった。


 俺は伝票を取り、厨房のほうへ向かった。


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