第51話 二十五分、何を歌おう
金曜日の昼、宮田さんからメールが届いた。
昨日、入口で話した次の公演についてだった。俺は食パンをくわえたままスマホを取り、先に皿へ戻した。読みながら食べると、だいたい途中から食べるのを忘れる。
出演日は、再来週の日曜日。
午後一時半から、二十五分の一枠。
ステーションスクエアの『家族と楽しむ週末広場』という催しで、場所は前に歌った一階の広場だった。
下へ送る。
出演料、二万五千円。交通費を含む本人の受取額で、支払いは公演翌日の月曜日。
俺は日付を確認し、もう一度、金額を見た。
(受けたい。かなり受けたい)
前は二十分ずつ、二回歌った。今回は一回で、五分長い。
その五分にもう一曲入るかと思うと、すぐ曲の一覧を開きたくなった。ただ、先に勤務の予定だった。希望休の締め切りは、まだ来ていない。
店長へ、出演の相談が来たことと、その日を休めるか確認したいことを送った。
*
返事を待つ間に、宮田さんのメールを最後まで読んだ。
今回の催しは、子供向けの体験や、地域の人が参加する発表もあるらしい。歌の時間だけを目当てに来る人ばかりではない。
『前回の曲も好評でした。今回は、幅広い年代のお客さまがご存じの曲も入れていただけると嬉しいです』
何曲か、頭に浮かんだ。
流行っている曲は店でよく聞く。少し前の歌も、片付けに入るとき、画面へ残っていることがある。
俺はそういうとき、曲名をつい見てしまう。仕事で覚えようとしたことはないのに、知らなかった歌が増えている。
『日なたのベンチ』は、その一つだった。
年配のお客さんがよく入れる曲で、俺もサビは前から知っていた。ゆっくり始まって、途中から手拍子を入れたくなる。最後まで暗くならないところも好きだ。
自分で歌ったことは、まだない。
(今の声で、あれ歌いたいな)
候補の欄へ入れた。
その下には『晴れたら遠回り』と『四月の傘』を書く。『帰り道』も入れたかった。
四曲。
録音したばかりの『ひとつ先の週末』が、ふと思い浮かんだ。
あの最後のサビも、部屋の中だけでなく、人の前で歌ってみたい。
ただ、頼まれて録った曲を、俺の判断だけで歌っていいかはわからない。候補とは別に、相談したい曲として書いておいた。
*
時計が十二時になった。
ゲームを開くと、所持キューブは二十京を超えていた。
次のプラントは六十五京以上。中枢は百二十二京以上する。
まだ先だ。ほかに買うものがないか、設備の下のほうまで見ていく。
プラントが四基、中枢が二基になったことで、新しい設備が選べるようになっていた。
【循環複製塔】
【価格:24京キューブ】
【全中枢の生産量を、毎秒20回複製します】
俺は、説明を開いた。
中枢で作った分を、そのまま二十回複製する塔らしい。
中枢に使った改良も、プラントをつないで増えた分も、複製する量へ含まれる。塔が複製したものを、さらに同じ塔へ入れるわけではなかった。
今の設備で、購入後の生産を表示する。
毎秒、およそ四兆。
現在は、二千億にも届かない。
(急に働くな、お前)
買ってもいない塔へ、少し前のめりになった。
しかも、プラントをもう一基買うより安い。中枢を増やしたあとには、塔が複製する量も増える。
新しい設備だけで全部終わり、ということではないらしい。その先に何を足すかも考えたくなる。
次の一基を買うなら、これだった。
二十四京までは、日曜日の夕方くらいに届く。
俺は停止している自動購入を開き、対象をプラントから塔へ変えた。所有数が一基になったら止まるよう指定する。
【対象:循環複製塔】
【停止条件:所有数1基】
【必要キューブを待っています】
前に買った機能を、そのまま使えた。もう一度料金を払う必要はなかった。
塔の二基目の価格も、念のため見る。
一基買うごとに、六十四倍。
(そこは張り切らなくていい)
ひとまず一基で止める設定を確かめ、画面を閉じた。
*
店長から、希望休を入れておくと返事が来た。
俺は礼を返し、宮田さんへの文章を開いた。
出演を引き受けたいこと。
日時と金額を確認したこと。
曲の候補も、続けて書く。
『日なたのベンチ』を入れたい理由は、長くなりかけた。
サビまで聞けば知っている人が多そうで、静かな始まりから明るくなるところが好きで、今の自分なら最後を――。
途中まで消した。
『幅広い年代の方がご存じの曲として、日なたのベンチはいかがでしょうか。俺も歌ってみたい曲です』
そこまで打って、「俺」を「私」へ直す。
メールだけ、少しちゃんとした人になった。
送信したあと、食パンを食べた。もう温かくはなかったが、何を歌うか考えながらだと、あまり気にならなかった。
*
夕方、出勤すると、店長が事務所から顔を出した。
「日曜、空けておいたよ。今度は何時から?」
「一時半です」
「二十五分か。結構歌えるね」
「はい。五曲くらい、入れたいです」
答えると、店長が笑った。
「もう考えてるんだ」
「……考えてます」
本当は、『帰り道』を最後に置くところまで考えていた。あの高いところで、ちゃんと声を伸ばして終わりたい。
「楽しみにしてる。告知が出たら教えて」
「ありがとうございます」
ロッカーへ向かうと、藤崎さんがエプロンを結んでいた。
「次、決まった?」
「はい。再来週の日曜です」
「よかったね。何歌うの?」
俺は、さっき送った候補を伝えた。
『日なたのベンチ』の名前で、藤崎さんがうなずく。
「あ、それ好き。久瀬くんの声だと、どんな感じになるんだろ」
「……俺も、聞きたいです」
「歌う側なのに?」
言われて、少し笑った。
でも、気持ちはそのままだった。
今の声なら、どう歌えるのか。
それを最初に聞けるのも自分だと思うと、練習の部屋を早く取っておきたくなった。




