第50話 入口から聞こえた声
木曜日の朝、石倉さんから、今日から映像が流れると連絡が来た。
俺は朝ご飯を食べているところだった。
箸を置き、受け取ったことを返す。
今日は、見に行く約束もしている。
それでも、実際に始まったとわかると、少し早く家を出たくなった。
時計を見た。
まだ、早い。
食べかけのご飯を、先に片付けることにした。
*
待ち合わせより少し早く、ステーションスクエアへ着いた。
入口の扉を抜けると、大きな画面から音が聞こえた。
俺の歌ではなかった。
飲食店の新しいメニューの案内が流れている。
画面の端に立ち、少し待つ。
次は、服の店の案内だった。
そのあとに、館内のサービスについての画面が出た。
俺は、バッグからスマホを出しかけて、やめた。
ここへ届いた映像を聞きに来たのだから、手元で再生しても仕方がない。
(飛ばすボタン、欲しいな)
画面の下に、当然、そんなものはなかった。
*
「久瀬くん」
藤崎さんが来た。
俺はスマホをしまい、顔を向ける。
「もう流れた?」
「まだです」
「そっか。順番に流れるんだね」
藤崎さんは画面を見た。
そのとき、聞き覚えのあるギターの音が始まった。
俺は、すぐに前へ向き直った。
*
画面へ、色の並んだ机が映る。
その上で、俺の声が歌い始めた。
イヤホンで何度も聞いた声だった。
今日は、入口の大きなスピーカーから聞こえる。
通り過ぎる人にも、すぐ横で案内を見ている人にも聞こえていた。
次の言葉が流れる。
柔らかくして、その先を少し明るくしたところだ。
画面の中では、できたものを隣の人へ見せている。
俺は、目を離さず見た。
最後の一行へ入った。
小さくなった声でも、言葉は聞こえる。
催しの名前と日付が出て、映像が終わった。
すぐに、別の案内へ切り替わった。
俺は、そのまま画面を見ていた。
*
「よかった」
隣で藤崎さんが言った。
俺は少し遅れて、顔を向けた。
「……ありがとうございます」
「カラオケで聞くのとも、ちょっと違うね。優しい感じで」
「近くの人に、誘うようにって言われました」
「ああ。そんな感じする」
藤崎さんは、もう別の映像になった画面を見た。
「曲も好き。最後、もう少し聞きたくなった」
「長いほうも、あります」
すぐに答えてしまった。
「日曜日の広場で流すそうです。二分十八秒で、最後のサビが、もう少し違って」
そこまで言って、口を閉じた。
藤崎さんが、こちらを見ていた。
(最後まで説明する気だったな、今)
「そっちも、聞いてみたいな」
そう言ってもらえたので、俺はうなずいた。
続きは、聞かれたらにしておいた。
*
入口を通り過ぎた親子が、戻ってきた。
子供のほうが、画面を指さしている。
「さっきの、色つけるやつ」
母親らしい人が、近くに立っていた案内の紙を見た。
週末ワークショップフェア。
画面に出ていたものと、同じ催しだった。
「日曜だって。あとで見てみようか」
子供はうなずき、紙に載った写真をのぞいた。
俺は、少しだけそちらを見た。
歌を聞いていたかどうかまでは、わからない。
でも、自分の声が入った映像で、あの工作を見ていた。
見ていこうかな、と思うものにしたいと、石倉さんは言っていた。
こういうふうに使われるのかと、ようやく実感した。
*
「久瀬さん」
案内所のほうから、宮田さんが声をかけてきた。
「見に来てくださったんですね」
「はい。今、聞きました」
「ありがとうございます。藤崎さんも、お久しぶりです」
藤崎さんも、頭を下げた。
宮田さんは、手にしていた紙を脇へ持ち直した。
「石倉さんから、録音がスムーズだったと伺いました。曲も、催しに合うものになって嬉しいです」
「ありがとうございます」
俺は、バッグの紐を少し持ち直した。
もう一度、映像のほうを見たくなったが、宮田さんが続けた。
「また次の公演もお願いしたいと思っているんです。今度は、お客さまの年齢も少し広い催しで」
「……はい」
「曲のご相談から、できればと。日程などをまとめて、メールを差し上げてもよろしいですか」
「お願いします。ぜひ」
先に答えた。
宮田さんが笑って、うなずく。
「では、ご連絡しますね」
案内所で別の人に呼ばれ、宮田さんはそちらへ戻っていった。
俺は、届く予定のメールを頭の中で覚えた。
次も、歌えるかもしれない。
何曲くらいか、金額はいくらか、その二つがすぐに気になった。
*
「次の話も来たね」
藤崎さんが言った。
「はい」
「よかったね」
俺はうなずいた。
喜んでいる顔になっているか、自分ではよくわからなかった。
ただ、かなり嬉しい。
録った歌が流れて、聞いてもらって、また別の歌の相談が来た。
帰ったら、勤務の予定を確かめておこうと思った。
まだ引き受けると決まったわけではないが、空いている日は先に見ておきたかった。
*
昼の十二時を少し過ぎた。
次の映像を待つ間に、ゲームを一度確かめた。
所持キューブは、十八京を超えている。
プラントは四基、中枢は二基。
自動購入は、設定したところで止まったままだった。
今は、また次の設備へ向けて貯めている。
歌唱は八。
残りは十ポイント。
明日すぐにもう一段上がるわけではないが、八にした声で、まだ歌っていない曲もたくさんある。
次に頼まれるものも、試してみたかった。
画面を閉じた。
隣で、藤崎さんが少し伸びをした。
「このあと、お昼どうする?」
「食べたいです」
「何か食べに行こっか」
俺はうなずきかけ、入口の画面を見た。
飲食店の案内が流れている。
このあとに、服の店と、館内のサービスが来る。
さっきの順番なら、その次だった。
「……あと一回、聞いてからでもいいですか」
藤崎さんは画面を見て、それから笑った。
「うん。もう一回聞こう」
俺は、その場へ残った。
何度も聞いた曲だった。
それでも、ここでもう一度聞きたかった。
次の案内が終わり、ギターの前奏が流れる。
俺は顔を上げた。




