↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
48/174

第48話 完成した歌の代金

 木曜日の昼、石倉さんから届いた音を開いた。


 題名のあとに、完成確認用、とついている。


 長い曲と、映像の二つだった。


 先に、二分十八秒のほうを流した。


 ギターの前奏が聞こえる。


 その中へ、俺の声が入った。


 試しに録ったときより、伴奏と声が一緒に聞こえる。


 声だけが飛び出しているところがなく、弱く歌った言葉も聞き取れた。


 俺は椅子へ座り直した。


 一番が終わり、二番へ進む。


 先を知っているので、途中で一緒に歌いたくなった。


 今日は、自分の声を聞くほうを先にした。


     *


 最後のサビへ入った。


 俺が、もう少し声を出したいと頼んだところだった。


 前半の近い声から、明るく広がる。


 高い音が伸びた。


 そのまま次へつながり、最後に柔らかく閉じる。


 声が消えてからも、少しだけ伴奏が続いた。


 曲が終わる。


 俺は、すぐにはスマホを触らなかった。


 好きだった。


 あの最後まで聞くために、もう一度最初から流してもよかった。


 ただ、映像の確認がまだある。


 もう一つのファイルを開いた。


     *


 三十秒の映像では、場面が軽く切り替わっていった。


 手元へ並ぶ材料。


 色を選んでいる人。


 隣の人へ、できたものを見せる手。


 俺の声が、その上で歌っている。


 最後の一行へ近づいた。


 声を弱くしても、言葉は残っていた。


 催しの名前が出て、日時と場所が続く。


 そこで、映像が終わった。


 俺は、最後のところだけ、もう一度見た。


 火曜日に録り直した音だった。


 こうなったものを、今度は、知らない人が施設で見る。


 画面を閉じ、石倉さんへ返事を書いた。


『確認しました。この内容でお願いします。最後のところも、聞きやすくなっていて嬉しいです』


 読み返してから送る。


 少しして、返事が来た。


『ありがとうございます。では、こちらを最終版としてお渡しします』


 俺はうなずいた。


 これで、俺が歌うところと、確認するところは終わった。


     *


 翌日の昼、口座の入金を確かめた。


 三万円。


 石倉さんから、振込の連絡も届いていた。


 金額を照らし合わせ、受け取ったことを返す。


 スマホを置いてから、もう一度持ち上げた。


 三万円、増えている。


 前の公演では、二万円を現金でもらった。


 今回は、口座へ入った数字を見ている。


 どちらも嬉しかった。


 (しばらく、ここは見ていられるな)


 そう思ったところで、キューブもいつも見ていることに気づいた。


 増えた数字を見るのが好きなのは、相変わらずだった。


     *


 ノートを開き、今回の分をまとめた。


 試し録りが、五千円。


 正式な依頼が、三万円。


 制作室へ行ったのは、三回だった。


 電車は、往復四百八十円ずつ。


 それと、曲を試した部屋の七百二十円。


 引いてみると、三万二千八百四十円が残った。


 前の公演の分とは、別の行に書く。


 賞金を取ったところから、一つずつ増えていた。


 何か月も先の予定が埋まっているわけではない。


 それでも、今までなかった入金が、また一つあった。


 俺はペンを置いた。


 これで次の依頼が来たら、また歌いたい。


 まず金額だけ見て喜び、あとで歌う時間を見て、そこでも喜びそうだった。


     *


 石倉さんから、上映が始まる日の案内も届いた。


 来週の木曜日から、館内で流れる。


 その週の日曜日が、催しの当日だった。


 日付をカレンダーへ入れる。


 木曜日は、夕方まで空いていた。


 昼に見に行ける。


 そこまで決めてから、返事を書いた。


 見に行くつもりだと伝えると、石倉さんから続けて返信が来た。


『今回、歌い方を変えてもらうのが早くて、とても助かりました。また短い歌などで、空いている日をご相談できればと思っています』


 メールを、もう一度読んだ。


 次も相談してくれるらしい。


 嬉しくなって、すぐに返信の欄を開いた。


『ぜひお願いします』


 先に、そう打った。


 そのあとに、勤務の予定を確認して返事をすることも書き足す。


 いつでも行けます、とは言えなかった。


 でも、相談してほしいことは、ちゃんと伝えておきたかった。


     *


 夕方、店へ行く前に、日曜日の歌会で使うものを揃えた。


 『四月の傘』の歌詞を確かめる。


 こちらは、いつもの好きな曲だった。


 新しい曲を作るところへ関わってみても、歌いたい曲が、そちらだけになるわけではない。


 佐伯さんの前でも、あの曲を一度歌ってみたかった。


 机の上で、二枚の紙を重ねかけて止めた。


 石倉さんの曲の歌詞は、家へ置いていく。


 歌会へ持っていくほうだけ、バッグへ入れた。


 相原さんとのグループには、一時四十分頃に駅へ着く予定だと送る。


 藤崎さんからも、同じくらいに行くと返ってきた。


 俺は財布を開き、百円玉を四枚、取り出した。


 一度数えて、小銭入れの手前へ寄せる。


 録音の仕事が終わったあとも、歌いに行く予定がある。


 日曜日は、二人が何を歌うのかも聞きたかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。