第47話 最後の言葉まで
火曜日の午後、石倉さんの机で、三十秒の映像を見た。
前に見たものより、文字と写真が整っていた。
催しの名前も、最後にはっきり出てくる。
俺の歌が終わるところで、石倉さんが止めた。
「気になったのは、今の最後ですね」
「はい」
画面を見たまま、うなずく。
短く収めることを考えて、早めに声を弱くしたところだ。
最後の言葉まで歌えてはいる。
ただ、そこだけ、声が少し薄く聞こえた。
「長く伸ばしたい、ということですか」
「長さは、このままで。もう少し、声を残したいです」
言ってから、うまく伝わったか気になった。
石倉さんは、俺の顔を見てから、もう一度同じところを流した。
「なるほど。音を弱くしても、言葉は最後まで聞かせたいんですね」
「……はい。それです」
すぐにうなずいてしまった。
自分でも、そう言えばよかったと思った。
「試しましょう。時間を延ばさずできるなら、そちらも聞いてみたいです」
俺はバッグから、歌詞の紙を出した。
*
録音室へ入り、マイクの前に立った。
前回と同じ高さだった。
石倉さんに声を確かめてもらい、ヘッドホンの音も合わせる。
『前に録ったところからつなぐので、頭の声は同じ感じでお願いします』
「はい」
最初に、前の録音が流れた。
近いところへ、明るく誘う声。
どのくらいの強さで出したかは、聞くとわかった。
伴奏が戻る。
同じ声で、歌い始めた。
歌唱を上げたからといって、違う人の声になるわけではなかった。
今まで出していた音へ、ちゃんと合わせられる。
最後の一行へ入る。
声を弱くする。
そのまま、息ばかりにならないように響きを残した。
力を入れる場所が、前より細かくわかる。
音は小さくなっても、言葉が薄くならなかった。
予定したところで、声を閉じる。
石倉さんの返事を待った。
*
『ありがとうございます。今の、いいです』
再生が始まった。
最後の言葉が、前よりはっきり聞こえた。
無理に大きくした感じもない。
映像の終わりへ向けて、声も自然に弱くなっている。
俺は、マイクの前でじっと聞いた。
昨日、小さく歌ったときから、聞いてみたかった声だった。
石倉さんが、前の音と順番に流した。
その違いが、続けて聞くとわかる。
『終わる時刻も、ほとんど同じですね。こちらに替えたいと思います』
「お願いします」
使ってもらえるとわかって、嬉しくなった。
もう一度、同じように出してみたかった。
*
もう一度、同じ部分を録った。
今度は手前の言葉から続けて、どこでつないでも音が揃うようにする。
石倉さんが、範囲を少し広げて伴奏を流した。
俺は前の声に合わせ、最後まで歌った。
声を閉じるところで、息が余っていた。
少しだけなら、まだ伸ばせそうだった。
そこで、やめた。
(長さは、このまま。自分で言ったからな)
最後の音が消える。
ガラスの向こうで、石倉さんがうなずいた。
今までよりも余裕を持って出せる声で、決めたところへ収める。
それも、少し気持ちよかった。
*
隣の部屋へ戻ると、石倉さんは三十秒の映像を頭から流した。
俺は横の椅子へ座った。
前に録った歌へ、今日の最後の一行がつながっている。
声が変わったようには聞こえなかった。
最後まで見たあと、少し待つ。
石倉さんが、こちらを向いた。
「どうですか」
「これが、好きです」
今度は、迷わず言えた。
「じゃあ、これで仕上げます」
石倉さんは画面を戻し、使う音へ印をつけた。
「言ってもらってよかったです。言葉が聞き取りやすくなりましたね」
「ありがとうございます」
俺は歌詞の紙をバッグへ入れた。
自分から、もう一度歌いたいと言ってよかった。
録音室では、前より出せるようになった声も使えた。
歌唱を上げたあと、すぐに試せる場所があるのは、かなりいい。
*
時計は、三時になる少し前だった。
「これで、録音は終わりです。全体を整えて、木曜日には確認用を送ります」
石倉さんが言った。
「はい」
「見ていただいて問題なければ、施設へ最終版を渡します。支払いは、その翌日で」
「お願いします」
俺はスマホへ、木曜日、と書いた。
録るほうは、もう終わりだった。
次は、完成したものが届く。
部屋を出る前に、石倉さんが鍵盤へ手を置いた。
今日の歌とは違う、短い旋律を弾いている。
俺は少し足を止めた。
「……それも、作ってる曲ですか」
「ああ、別の相談の分です。まだ、こういう感じかなって考えてるところで」
「そうなんですね」
仕事が、ほかにもある。
石倉さんは、さっき弾いたところをもう一度確かめていた。
俺は礼を言って、扉へ向かった。
今の曲も、続きを聞きたかった。
でも、まずは、自分が歌った一曲を最後まで仕上げてもらう。
外へ出てから、バッグの中の紙を持ち直した。
まだ歌詞を返す必要はないと言われていたので、家で、今まで届いた音と一緒に残しておくことにした。




