第44話 知らない二番
木曜日の午前中、石倉さんから新しい音が届いた。
明日の録音で使う曲の、最後まで入ったものだった。
スマホを机へ置き、イヤホンをつける。
聞き覚えのある前奏のあとに、まだ知らない旋律が始まった。
試し録りで歌ったのは、サビの部分だった。
そこへ行くまでにも、こんなふうに歌がある。
添えられた歌詞を読みながら聞いた。
前半は、話すくらいの高さが続く。
少しずつ音が上がって、知っているサビへ入った。
そこで、俺は小さく一緒に歌った。
そのあとにも、続きがあった。
二番は、一番と同じところばかりではない。言葉の数が増える行で、旋律も少し変わっている。
俺はその部分まで戻し、もう一度聞いた。
なるほど、と思ってから、口の中で音をなぞる。
次は、続けられた。
*
二分十八秒。
最後まで聞いて、時計の数字を見た。
いつも選ぶ曲より短い。
その分、次の言葉が、すぐに来る。
サビのあとに少し間奏があり、二番へ進んで、もう一度明るく終わる曲だった。
もう一つ、三十秒用の音も届いていた。
こちらは、試し録りで使った部分が中心になっている。
最後に催しの名前を出すので、終わりの音は少し短くしたい、とメモが添えられていた。
俺は二つのファイルの名前を確かめた。
長いほうと、短いほう。
間違えて覚えないよう、歌詞の紙にも同じ区別をつける。
石倉さんへ、受け取ったことを返した。
そのあと、カラオケの部屋を一時間予約した。
小さな声でなら、家でも歌える。
でも、最後のサビは、ちゃんと出してみたかった。
*
昼の十二時、出かける前にゲームを開いた。
所持キューブが、三・九京を超えていた。
中枢の二基目を買える。
【増殖中枢】
【価格:3.84京キューブ】
拡張を先に買っておいたので、待つ時間は短くなった。
一基目の隣へ、二基目を購入する。
【増殖中枢:2基】
【生産速度:161,042,864,256/秒】
毎秒、千六百十億。
新しい中枢も、最初から四列で動いていた。
プラントをつなぐ効果も、すでに加わっている。
前に買った改良が、新しい一基にも効いていた。
俺は、増え始めた数字を少し見た。
下の欄に、新しい文字が出ている。
【自動購入】
説明を開きかけたところで、出かける準備のアラームが鳴った。
止める。
自動で買ってくれるのは、かなり気になる。
ただ、今から読むと、どれを買わせるかまで考え始めそうだった。
今日は、先に歌ってこよう。
ゲームを閉じて、バッグを持った。
*
午後二時、借りた部屋でスマホを机へ置いた。
石倉さんから届いた音は、イヤホンで聞く。
この曲は、カラオケの端末には入っていない。
俺が歌うために送ってもらったものだった。
録音室のマイクとは違う、持ち慣れたマイクを握る。
一度聞いたあと、伴奏だけの音へ切り替えた。
片耳のイヤホンを少し外して、自分の声も聞こえるようにする。
前奏が流れた。
最初の言葉を、柔らかく出す。
一番は、朝に覚えたとおり歌えた。
サビへ入ると、少し楽しくなった。
ここは、何度も聞いている。
石倉さんに気に入ってもらった声を、そのまま出せる。
二番へ進んだ。
言葉の増える行も、手前で息を吸っておくと、最後まで続いた。
思った音へ、声が入る。
最後のサビを歌い、少しずつ声を弱くした。
音が終わる。
俺はマイクを下ろした。
朝には知らなかった曲を、最後まで歌えた。
紙を最初へ戻す。
もう一回は、さっき気持ちよかったところを、もう少し伸ばしてみたかった。
*
三十秒のほうも試した。
同じサビでも、最後の音を長く残す時間は少ない。
長い版と同じつもりで歌うと、伴奏が先に終わった。
俺の声だけが、少し残る。
(あ。気持ちよく伸ばしてる場合じゃなかった)
一度止めた。
添えられたメモを見て、終わりのところへ線を引く。
もう一回歌うと、今度は、伴奏と同じところで閉じられた。
それでも、急に切ったようにはならない。
手前から少しずつ弱くすれば、短く終わる歌い方もできた。
マイクを置き、水を飲む。
明日は、この二つを録ってもらう。
最後まで音が揃ったものを聞くのが、もう楽しみだった。
*
一時間の利用料は、七百二十円だった。
払ってから、練習のメモへ足す。
石倉さんには、二つとも最後まで歌ってみたことを送った。
少しして返事が来る。
『ありがとうございます。明日は声の雰囲気を合わせながら進めましょう』
俺は、楽しみにしています、と打った。
そのまま送る。
部屋で歌っていて、好きなところが増えた。
初めて聞いたときは、サビだけだった。
今は、二番の途中も、もう一度歌いたかった。
*
家へ帰ると、相原さんから歌会の連絡が来ていた。
佐伯さんが、来週の日曜日に、前と同じ部屋を取れたそうだった。
二時から四時。会費は、前と同じ四百円。
翌週の勤務を確かめると、その日は夕方からだった。参加してからでも間に合う。
『行きたいです。お願いします』
返してから、『四月の傘』を歌ってみたいことも伝えた。
あとで、佐伯さんが伴奏を弾いてくれると返事が来た。
藤崎さんも、その日は行けるそうだった。
俺は、カレンダーへもう一つ予定を入れた。
今度は、あの曲を教えてくれた人にも、聞いてもらえる。




