第40話 まだ聞いたことのない曲
翌日の午後、石倉さんからメールが届いた。
通知を見たとき、俺は工場の配置を直していた。
コンベアを一本外したので、このままでは奥の建物へ材料が届かない。
あと一本だけ置いてからにしようと思った。
メールを開いた。
今は、こちらのほうが気になった。
*
石倉さんは、ステーションスクエアの音楽を作っている人だった。
宮田さんから紹介を受けたことと、俺の公演の話を聞いたことが、最初に書いてある。
四週間ほど先に、広場で工作などを体験できる催しを開く。その告知映像に使う歌を、探しているらしい。
曲名は、『ひとつ先の週末』。
聞いたことのない名前だった。
新しく作っている曲なのだから、知らなくて当然だったが、タイトルを見ると、急に歌らしくなった。
どんな音で始まるのだろう。
本文の下へ進む。
『一度、短い部分を歌っていただき、声を確認できればと思っています』
候補日は明後日、木曜日の午後二時から。
場所は、電車で二駅先にある制作室だった。地図もついている。
試し録りは一時間半ほど。
交通費込みで五千円。
正式にお願いする場合の料金は、別に相談したいと書いてあった。
俺は金額のところまで戻った。
採用されなくても、この日の五千円は払ってもらえるらしい。
(それなら、かなり行きたい)
曲を聞ける。録音の機材で歌える。
それだけでも気になっていたところに、お金までついた。
机のノートを手前へ寄せ、木曜日の予定を確かめた。
*
木曜日は、夕方からバイトだった。
三時半に終われば、戻って食事をしてからでも間に合う。
メールへ返事を書いた。
『ご連絡ありがとうございます。ぜひ伺いたいです。木曜日の午後二時でお願いします』
持ち物も聞いておく。
自分のマイクは持っていない。そもそも、買うことを考えたこともなかった。
しばらくして、短い返事が届いた。
機材はこちらで用意するので、飲み物があれば十分だそうだった。
地図のほかに、建物の入口を撮った写真もついている。
白い扉の横に、小さな看板が出ていた。
その写真を保存した。
知らない場所へ行くとき、住所より、こういうものがあると助かる。入口まで来ているのに、別の建物の前を何度も往復したことがある。
今回は、一度で入りたい。
*
待ち合わせをカレンダーへ入れてから、頭の中のゲームを開いた。
キューブは、九千五百兆ほどになっていた。
中枢の二基目は、まだ遠い。
設備の下から強化の欄へ移ると、押せない項目があった。
【中枢拡張】
【解放条件:累計2京キューブ生産】
【価格:1.2京キューブ】
説明だけは読めた。
中枢の中にある生成列を、一つから四つへ増やす。
今ある中枢も、これから買う中枢も、基礎生産が四倍になるらしい。
複製プラントをつなぐ効果も、その上にかかる。
値段を見る。
さっきまでの所持キューブでは足りない。解放条件の二京にも、まだ届いていなかった。
でも、今の増え方なら、あと数日で両方を満たせる。
二基目へ向けて貯めていた分を、途中で使うことにはなる。
そのあとが四倍になるなら、話は違った。
机の電卓で、買ったあとの生産を確かめる。
毎秒八百億ほど。
今は二百十億なので、待つ時間はかなり短くなる。
先に拡張しようと決めて、画面を閉じた。
スマホのゲームへ戻る。
奥の工場は、当然、止まったままだった。
(お前は一本でいいんだから、先に置いてやれよ)
コンベアをつなぐと、鉱石がまた流れ始めた。
*
その日の休憩で、藤崎さんへ録音の話をした。
「へえ。知らない曲を歌うんだ」
「はい。短いところを、試すそうです」
「久瀬くんなら、すぐ歌えそう」
紙パックの飲み物を持ったまま、藤崎さんが言った。
「どんな曲?」
「まだ、聞いてないです」
「そっか。楽しみだね」
俺はうなずいた。
知らない人と会うことは、少し気が重い。
でも、知らない曲を歌えるようになるところは、早く試したかった。
「録るのって、何回も歌うんでしょう?」
「たぶん、そうだと思います」
「いいな。私、大会の最後だけやり直したいもん」
藤崎さんは笑い、ストローを袋から出した。
何度か歌って、その中のいいものを残せる。
そういうことなら、俺にも好きな声を選べるのだろうか。
もう一度、石倉さんのメールを開いた。
『ひとつ先の週末』。
曲名のところで指を止める。
バイトが終わったら、いつもの曲を聞いて帰るつもりだった。
明後日には、その中へもう一曲、増えるかもしれなかった。




