第4話 録音してみた
三番の部屋に入り、入り口に近いソファへ座った。
奥には藤崎さん。間に細長いテーブルがあり、壁のテレビには選曲を待つ画面が出ている。
いつも片付けている五番より、少し広い。客として座ってみると、空調の風がちょうど首に当たった。隣へずれて、持ってきた水を置く。
「先、歌う?」
藤崎さんが端末を差し出してきた。
「……録音してもいいですか」
「うん。私が歌うときは止めてね。まだ曲も決まってないし」
「はい」
自分の歌がどんなふうに聞こえるのか、確かめたかった。
昨日は、歌えたことが嬉しかった。しかも褒めてもらえたので、帰ってからも、だいぶいいところばかり思い出している。
一度は、自分でも聞いてみよう。
録音機能を開き、スマホをテーブルの端へ置いた。
「そこ、スピーカー近すぎるかも」
藤崎さんに言われて上を見ると、天井の隅にスピーカーがあった。少し離れたところへ移し、『帰り道』を選ぶ。
赤い録音の印が出ているのを確かめ、マイクを持った。
前奏の終わりで息を吸う。
昨日と同じように、声が出た。
苦しくない。高い音もちゃんと届く。寝ている間に歌えなくなっていなくて、ほっとした。
サビもそのまま歌い、一番が終わったところで曲を止める。
「これくらいだね、本番も」
藤崎さんが時計を見た。
もう終わりかと思った。ここからもう一度、好きなところが来るのに、予選では歌わないらしい。
本選に残れば、一曲歌える。
そう考えると、十二人の中に入りたくなった。
録音を止め、スマホを取る。
「聞いていいですか」
「もちろん」
再生すると、前奏のあとに声が入った。
俺は、音量を少し下げた。
自分の声が、思っていたのと違う。
「……こんな声してますか、俺」
「してるよ」
(即答かよ。少しくらい録音のせいにさせてくれ)
スマホを持ち直し、続けて聞く。別にひどいわけではない。音程は合っているし、高いところで笑ってごまかしたりもしていない。
ただ、自分が聞いていた声より細かった。
原曲は、明るい声の歌手が歌っている。何度も聞いているうちに、あの声も一緒に真似しようとしていたのかもしれない。
「久瀬くん、歌うと声高くなるんだね」
「音が高いので」
「あ、そうじゃなくて。声の感じが。しゃべってるときは、もう少し低い感じでしょ?」
「……はい」
「原曲の人に、ちょっと似てるかも」
やっぱり、そう聞こえるのか。
マイクを持たずに、最初の部分を小さく歌ってみた。ここは楽に出せる。そのまま高くしようとすると、また声を細くしたくなった。
もう少し、普段の声で歌ってみたい。
「水、足してくるね。ついでにトイレ。久瀬くんもいる?」
藤崎さんが、グラスを持って立ち上がった。
「まだあります。ありがとうございます」
俺のグラスを見ると、ほとんど減っていなかった。飲もうと思って取るたびに、別のことが気になって戻していたらしい。
今度こそ一口飲んで、藤崎さんが出ていくのを見送った。
*
一人になってからゲームを開くと、実績に達成の印が付いていた。
【累計10,000,000,000キューブ生産】
【スキルポイントを6獲得しました】
百億だ。
朝から待っていた報酬が来ている。倍率を買って、設備を改良しておいた分が、ちゃんとここへつながった。
朝の残りが一点で、合わせて七点。
【歌唱 Lv.3 → Lv.4】
【必要スキルポイント:3】
今回は、何を試したいかも決まっている。
俺は三点使った。
マイクを置いたまま、さっきと同じ音を出す。小さく始めて、その高さのまま、少しずつ声を大きくした。
途中で喉が詰まらない。
今度は弱めてみる。息だけになりそうなところでも、声を保てた。
背もたれから体を起こし、もう一度試す。
大きくしたいところで、大きくできる。弱めても、音の高さはずれない。
(これ、かなり気持ちいい)
サビの高い音も、さっきより楽に出た。原曲の声へ無理に寄せなくても、自分の出しやすい声のままで届く。
息を吐いてから、もう一回。
またできた。
端末へ手を伸ばしたところで、扉が開いた。
「お待たせ。もう一回いく?」
「はい。少し変えてみたくて」
「どうぞ」
藤崎さんが座る間に、スマホをさっきと同じ位置へ置いた。
比べるなら、同じ曲がいい。録音を始め、『帰り道』の前奏を待つ。
今度は、普段の自分の声を思い浮かべて歌い出した。
最初から、無理に明るくしなくていい。
静かなところでは声を少し落とし、次の言葉で広げていく。それでも息に余裕があった。サビのために、手前の歌詞を急いで終わらせなくて済む。
ここ、こう歌いたかったんだ。
そう思ったところで、藤崎さんがスマホから顔を上げた。
高い音も、そのまま続けられた。
一番を歌い終え、曲を止める。
「キー下げた?」
「同じです」
「そうなんだ。今のほうが楽そうだった」
俺はうなずき、録音を再生した。
同じ自分の声なのに、さっきほど気にならない。サビの前も、最後の言葉まで聞ける。高いところへ入っても、別の声に変えようとしていなかった。
(こっちがいい)
続きを聞こうと、少しだけ音量を上げた。
「私はこっち好きだな。久瀬くんっぽい」
藤崎さんが言った。
もう一度再生したいと思っていたので、嬉しかった。
「……こっちで、出たいです」
「うん。比べてたんだね」
初めからそこまで考えていたわけではない。さっきは、自分の録音を聞いて戸惑っていただけだ。
でも、違いがわかるのは面白かった。
『帰り道 二回目』
録音の名前を変え、一回目も残しておく。
気に入った曲は、何度でも聞ける。新しい曲を探そうと思ってスマホを開いても、結局いつもの曲を選んでいることが多かった。
帰ったら、これも聞こう。自分の声なのは、もうあまり気にならなくなっていた。
*
俺の録音を止めてから、藤崎さんの番になった。
候補の一曲目は、サビが高い曲だった。俺が昨日喜んでいた音より、さらに上へ続いていく。
藤崎さんはしっかり声を出していたが、歌い終えると、大きく息を吐いた。
「やっぱり、ちょっときついなあ」
もう一曲は、『窓の灯り』という、ゆっくりした曲だった。
高い音は少ない。その代わり、一つの言葉が長く残る。
藤崎さんは、最初から声を張らず、少しずつ大きくしていった。サビの前に一度顔を上げて、こちらを見る。
俺も顔を上げた。
その一行の続きを、聞きたくなった。
歌い終えた藤崎さんは、マイクを膝へ置いた。
「どうだった?」
俺は少し考えた。
良かった、だけではどちらのことかわからない。かといって、気の利いた講評なんか出てこなかった。
(歌うのはうまくなったんだから、感想くらいすらっと出てきてもいいだろ)
「……二曲目、好きでした」
「ほんと? でも、地味じゃない?」
首を振った。
「サビの前に、こっち見ましたよね」
「見たっけ」
「あそこ、続きが聞きたくなりました」
藤崎さんは手元の端末を見た。
「あそこ、好きなんだよね」
少し考えてから、もう一度『窓の灯り』を入れる。
「こっちで出ようかな。高い曲、歌えたら気持ちいいんだけど、本番でまた息切れしそう」
俺はうなずいた。
藤崎さんが好きだと言った部分を、今度は意識して待った。さっきより少し遅く顔が上がり、そのあとも歌が続いていく。
同じ曲をすぐにもう一度聞いても、退屈ではなかった。少しずつ違うのがわかると、自分ならどう歌うかも気になった。
歌い終えた藤崎さんが時計を見る。
「そろそろ相原くん来るかな」
四時まで、あと五分だった。
俺はマイクを充電台へ置いた。自分の歌を二度録って、藤崎さんの候補も聞いているうちに、もう一時間近くたっている。
「久瀬くん、ちゃんと聞いてくれるから助かる。私、しゃべりながら曲決めちゃった」
「……返事が、遅いだけです」
「そう? でも、適当にいいねって言われるより、わかりやすかったよ」
それなら、よかった。
感想を言ってもらうのも嬉しいが、俺の返事でも役に立つらしい。
スマホを取り、二回目の録音に丸を付けた。
相原さんが来たら、もう一度歌うのだろうか。
初対面なので緊張する。でも、さっきよりいい声で歌えることもわかっていた。
できれば、今のほうを聞いてもらいたかった。




