第30話 まず、買いたかったものを
目覚ましを止めたあと、銀行のアプリを開いた。
十万円増えた残高を見て、布団の中で少し笑う。机には昨日の賞状が置いてある。紙袋から出して、飲み物をこぼさない場所へ移したつもりだったが、今見ると、部屋のどこからでも見える位置だった。
起き上がり、スマホを持って台所へ行こうとした。
充電ケーブルが突っ張った。
外してから、買い物のページを開く。二メートル。九百九十円。端子の形を確かめて、注文した。
これで枕をコンセントの近くへ寄せなくて済む。
(これは優勝する前に買えただろ)
まあ、今なら送料込みの金額を見て閉じたりはしない。
もう一つ、前から気になっていたゲームも買った。
二千四百八十円の、工場を作るゲームだ。紹介の動画では、ベルトコンベアが曲がって、建物の裏側へ鉱石を運んでいた。
この曲がるところが好きだった。
配置を変えて、狭い場所にうまく収まると気持ちいい。空いたところに、もう一つ工場を建てられる。
ダウンロードを始めてから、冷蔵庫を開いた。
卵を焼いて、ご飯を温める。フライパンから皿へ移す頃には、ゲームの準備もできていた。
食べてからにしようと思った。
最初の画面だけ見た。
そのあと、卵が冷めないうちにスマホを伏せた。
*
昼前、宮田さんからメールが来た。
昨日、出演の相談を送ると言っていた人だ。
皿を洗い終えてから開くつもりだったが、件名を見たら、先に手を拭いていた。
『ステーションスクエア 週末イベントご出演のご相談』
俺の名前と、昨日の大会への礼が書いてある。
その下に、日付と時間が並んでいた。
本選から二週間後の日曜日。
午後一時からと、三時から。それぞれ二十分程度。
二回。
俺は椅子へ座った。
昨日は一曲を歌い終わったら、出番がなくなった。次は一回終わっても、また歌える。
続けて読んだ。
場所は大会と同じ吹き抜けの広場。週末の館内イベントの一つとして、小さな音楽ステージを開くそうだ。
出演料は、交通費を含めて二万円。受け取る金額として書いてあった。
優勝賞金ほどではない。
それでも、歌って二万円だ。
しかも、誰かより上手だったらもらえる、という話ではなかった。
日時、歌う曲、準備するもの。引き受けるなら必要なことが、その先に続いている。
少しスクロールを戻し、二万円をもう一度見た。
(歌う。これは歌いたい)
足元で、洗濯物のかごが邪魔になっていた。机の下へ寄せて、メールの続きを読んだ。
*
候補の曲は、こちらから出してよかった。
伴奏は主催側で用意するので、曲名とキーを教えてほしいとある。詳しい話をする時間の候補も、いくつか載っていた。
俺はカレンダーを開いた。
打ち合わせの候補には、明後日の午後がある。夕方の出勤前なら行ける。
出演する日曜日の欄は、まだ空いていた。ただ、店のシフトはこれから決まる。自分のカレンダーに何もないから休み、とはいかなかった。
返信を打った。
『ご連絡ありがとうございます。ぜひ出演したいです。明後日の午後でしたら、打ち合わせに伺えます。出演日の勤務は、今日お店で確認します』
読み直す。
ぜひ、という言葉だけが少し元気だった。
でも、消す理由はなかった。行きたくて返している。
そのまま送った。
画面を閉じても、二十分という時間が気になった。
『帰り道』を一曲歌っても、まだかなり残る。二回あるからといって、一曲ずつで帰るわけにはいかない。
好きな曲を、ほかにも歌っていい。
そう考えたら、曲名がいくつか浮かんだ。昨日の帰りに聞いていた曲もある。前から好きだったのに、高いところが出なくて入れなかった曲もある。
今なら、どれも試せそうだった。
メモを開き、まず四つ書いた。
もう一つ思いついたので、下へ足す。
曲名の隣に、二十分、と書いておいた。部屋を自分で借りるときみたいに、終わりの電話が来るまで選び続けたら困る。
*
出勤まで、まだ時間があった。
買ったばかりのゲームを開きかけて、先にキューブのほうを確かめる。
八百兆に近づいていた。
歌っている間も、寝ている間も増えていた分だ。買える設備はあるが、今はその下にある一つを待っている。
【増殖中枢】
【価格:1,200兆キューブ】
【基礎生産:10億/秒】
全体倍率をかければ、一基で毎秒八十億。
今は全部合わせて七億ほどだから、これを置くと増え方が変わる。
途中で小さい設備を買わなければ、あと一週間ほどで届く。出演の日より前に買えそうだった。
今の時点で買えるものを全部押してしまうと、その日が遠のく。
値段を確かめて、閉じた。
あとは、さっき買った工場の配置を考えよう。
こちらには鉱石の種類も、曲がるコンベアもある。建物を一つずらしたら、すぐ横にもう一本通せた。
いい。
俺はスマホを横に持ち直した。
出勤前の目覚ましは、先に二つ入れた。
*
「昨日の写真、見たよ」
店へ着くと、店長がフロントで言った。
「おめでとう。いい賞状だね」
「ありがとうございます」
「相原さんも入賞したんだって?」
「はい。三位でした」
答えながら、エプロンの紐を結ぶ。
もう少し話を続けてもいいのか迷ったが、店長は伝票を置いて、こちらを見ていた。
「……それで、休みの相談もいいですか」
「次の?」
「来週の日曜に、同じ場所で歌う話が来ました」
店長の眉が少し上がった。
「大会?」
「今度は、出演の依頼です」
口にすると、さっきのメールを読むのとは少し違った。俺に来た依頼だと、店長へ説明している。
「へえ。すごいね」
何と返せばいいか、すぐには浮かばなかった。
店長は予定表を手前へ寄せ、日付を確かめる。
「まだ組んでないから大丈夫。そこ、お休みにしよう」
「ありがとうございます。お願いします」
「決まったら時間教えて。店にも案内置いていいから」
俺はうなずいた。
休める。
あとは、話を聞いて引き受ければいい。
フロントの呼び出し音が鳴り、店長がそちらへ向かった。俺も客室へ持っていくグラスを揃える。
スマホには、宮田さんから打ち合わせの場所が届いていた。
休憩に入ったら、休みを取れたことも返そう。
その返信に、ぜひ、があっても今度は迷わず残すつもりだった。




