第25話 十三ポイントの声
十八時になった。
カラオケ店の五番で、俺はスマホをテーブルへ置いた。今日は一人で、一時間だけ使う。
飲み物を一口飲んでから、ゲームを開いた。
【実績達成:累計1,000兆キューブ生産】
【報酬:スキルポイント×11】
届いていた。
仕事中でも、寝ている間でも増えるので、達成した瞬間を見る必要はない。それでも、今日はその少し前から気になっていた。
受け取る。
【所持スキルポイント:19】
久しぶりに、まとまった数字になった。
歌唱の欄へ移る。
【歌唱 Lv.6 → Lv.7】
【必要スキルポイント:13】
十三点。
最初は一点を使うだけで、マイクを持ったまま迷っていた。
今は十三点を使うつもりで、部屋まで予約している。
ほかの技能なら、いくつも上げられる。料理を上げれば毎日の食事が楽になるし、英語にも使ってみたい。
恒久倍率の次は三十二点なので、今の十九点では届かない。それでも、貯金を始めるなら少ない額ではない。
今日は歌唱だ。明日の本選で、今よりいい声を出したい。
テーブルに置いたマイクを手元へ寄せ、確定を押した。
【歌唱 Lv.7】
【所持スキルポイント:6】
買った。
(うわ、減ったな。あれだけ貯めたのに、一回だぞ。十三点分、聞かせてほしい)
そんなことを思いながら、曲名を入れた。
*
『帰り道』の前奏が流れる。
録音を始め、マイクを持ち直した。
最初の一音で、大きく変わったのは声の高さではなかった。
同じ高さ、同じくらいの音量なのに、響きを少し明るくできる。
口を大きく開け直すような、目立つ動きはいらなかった。息を声にするところの感覚が、前よりはっきりしている。
次の言葉で、少し柔らかくしてみた。
できた。
俺は目を少し開いた。
(今の、いい)
ただ小さくしたのとは違って、近くで話しているように聞こえた。伴奏に埋もれず、そのまま次へつながる。
一行目からやり直したくなったが、先も聞きたかった。
そのまま歌う。
サビへ向かって、少しずつ声を広げた。
前も強弱はつけられた。今は、強くする途中の声まで、自分の好きなところを選べる。
急に音量だけ変わらない。
高い音へ上がったときも、響きが細くならずに続いた。
気持ちよかった。
一人の部屋なので、顔が緩んでも気にしなくていい。
それで本当に少し笑ったら、次の言葉が笑った声になった。
(にやけるな。まだ二番もあるぞ)
口元を戻し、二番へ進んだ。
*
二番の出だしを、一番より少し近い声にした。
音量は落としすぎず、言葉だけ柔らかくする。
そのあと、長い間奏が来る。
俺は伴奏を聞きながら、最後をどう歌うか考えた。
前の練習では、最後のサビで少し強くしてから、終わりを静かにした。それは、今も好きだった。
今日は、そこへ向かう途中を変えられる。
最初から全部の声を使わなくてもいい。
ここをこのくらいにしたら、次の繰り返しで、まだ強くできる。
長く伸ばすところへ、気持ちよく声が入った。
肩にも喉にも、無理な力は入っていなかった。こんな声が出ているのに、最後まで同じ調子で歌える余裕がある。
もう少し先へ行きたい。
そう思ったところで、伴奏も次へ進んだ。
最後の言葉は、急に小さくしなかった。
響きを残しながら、少しずつ声を細くする。音が消えるまで、歌いたかった終わり方が続いた。
マイクを下ろし、録音を止めた。
その場で再生する。
途中から聞こうか迷ったが、最初からにした。
さっきの出だしも、聞きたかった。
*
俺はソファへ座ったまま、最後まで聞いた。
自分の声だった。
それは、もう不思議ではなくなってきていた。けれど、さっき歌う前には知らなかった声でもある。
最後のサビへ入ったところで、膝に置いていた手が止まった。
(うまい。うん。これは、ちょっと自慢したい)
誰かにも聞いてほしくなった。
藤崎さんたちへ送ろうかと考え、スマホを持ち上げた。明日は本選で、二人とも聞いてくれる。
そこで聞いてもらうのも、いい。
俺は送信画面を開かず、もう一度曲を入れた。
今度は、最初から最後まで止めずに歌おう。
さっき笑ってしまったところも、普通に。
*
二度目は、歌い始める前に画面を見すぎないようにした。
本選の歌詞画面は、舞台の右下にある。ずっとそこを見ていなくても、この曲の続きはわかる。
正面へ顔を向ける。
誰もいないソファが見えた。
明日は、人がいる。
そう考えると、少しだけ胃のあたりが落ち着かなくなった。
歌い出す。
声は、さっきと同じように出た。
少し緊張していても、出だしの柔らかさや、サビへ広がる響きはちゃんと選べる。
二番の長い言葉を急がず、間奏のあとを待つ。
最後のサビへ入ったときは、誰もいない部屋でも嬉しかった。
明日、ここを聞いてもらえる。
歌い終えると、時間はまだ残っていた。
『四月の傘』も一度入れた。
この曲でも、声の違いを試せた。鍵盤の静かなところでは少し柔らかく、長く伸ばすところでは響きを残す。
知らなかった曲を聞いて、歌いたくなって、実際に歌える。
この機能は、やっぱりとんでもなくよかった。
ほかにも歌いたい曲はある。次に借りるときは、まとめて試そう。
歌い終えて時計を見た。もう一曲入れたら、終了時間へかなり近くなる。
今日は残しておこう。
録音の名前を『帰り道 本選前日』に変えて保存した。
*
七時に部屋を出て、精算した。
外へ出ると、相原さんからメッセージが届いていた。
『明日、十時五十分で。俺は先に入口のあたりにいると思う』
了解と返す。
藤崎さんからも、短い返事が来ていた。
俺は歩き始めてから、録音を再生しかけた。
イヤホンを取り出す前に、周りを見る。まだ駅前で、人が多かった。
家に帰ってからでいい。
今日は、帰って聞くものがある。
スーパーで明日の朝に使う卵を買い、まっすぐ帰った。
灰色のシャツを確かめ、目覚ましを合わせる。
ゲームでは、買う前より少ないポイントが表示されていた。
【所持スキルポイント:6】
十三点、使ってよかった。
まだ本選で歌ってもいないのに、そこはもう決まっていた。




