第180話 先に届く声
水曜日、制作室で小野さんの鍵盤の横へ二曲の紙を並べると、石倉さんは『ひと駅ぶん』から始める案へうなずいた。
「入りやすいと思う。帰り道の歌から始まるのは、少し面白いけど」
「来るときにも、聞けるので」
「確かに」
小野さんが四つの音を弾き、最後の一つだけ俺が息を取るのを待ってくれたので、録音より先に、今日の声を入れた。
八曲を選ぶ紙には、自分の二曲と舞台の『椅子をふたつ』、最初に録った『ひとつ先の週末』も並べた。
後半へ長い『手のひらのつづき』を置こうと順番を動かすと、石倉さんが、新しい譜面を一枚出した。
「これも、歌ってみない?」
題名は『先に届く声』で、最初に三分三十四秒と書かれていた。まだ聞いたことのない石倉さんの歌だったので、俺は見本を待った。
*
遠くへ何かを届けようとすると、声だけが先へ行くという言葉が、低いところから始まり、途中で音が開いていった。
最後の繰り返しは前より高く、そこへ入る息を考えていたら、石倉さんが直前で止め、どうかと聞いた。
「歌いたいです」
すぐ答えて、先も聞かせてもらった。今止まったところで終わりにされたら、かなり気になったまま帰ると思う。
(そこ、聞きたかったんですけど)
最後まで流れると、さっき想像したよりもう少し先へ伸びたので、俺は譜面を見て、低いところから声にした。
近くへ置いた言葉から顔を上げ、高い音を強く押さずに進むと、大きくしても言葉の端を残して伸ばせた。
小野さんの伴奏が入り、最後の手前で一度減った音へ息を入れて、俺は、さっき聞きたかった上の音まで出た。
向こうへ伸ばした声のあとにも短い言葉を続けられ、止めたところで小野さんが顔を上げたので、俺もつい笑っていた。
「そこ、気持ちよく出るね」
「……はい」
石倉さんは同じ部分をもう一度弾き、小さく終えるほうもできるかと言ったので、今度は高さを残して、終わりの広げ方を変えた。
壁のほうへ届かせたあと、最後の言葉を隣へ話すくらいに戻すと、石倉さんが笑って譜面を二枚並べた。
「それなら、前の曲から、こっちへ入れる」
『休みの日』で家に座る声のあと、今度は遠くへ出せる声になる。その順を聞きたくて、新しい歌を五曲目にした。
*
八曲の長さを足すと二十五分一秒になり、拍手と曲の間に話す時間も入れれば、自分の二曲の紹介もできる。
最後まで紙へ書いたところで、小野さんが次の仕事の時間を見たので、俺も譜面をまとめ、帰る前に一つ頼んだ。
「新しい歌、家でも聞いていいですか」
「送るよ。公演までは、久瀬くんが聞く分で」
「はい」
私的に聞く見本として受け取ることを確かめ、家では届いた音を流した。新しく歌う一曲でも、作ったのは石倉さんのほうだ。
最後の高いところだけ戻しかけて、先に低い声から聞くと、そこまで来た言葉の続きで、もう一回上へ出したくなった。
途中まで歌って窓を少し閉めた。家で大きく出すにはもう遅かったので、音を下げ、最後の言葉だけ小さく残した。
(向こうで歌う分は、取っておこう)
今夜は声を止め、見本をもう一度聞いて、次に二人と歌うときには、どちらの終わりにするか考えた。




