第179話 二曲とも、ここで歌います
木曜日、灯り舎の二階へ上がると、六列の椅子の一番前に、植田さんが資料を置いて待っていてくれた。
「お久しぶりです。映画の撮影、お疲れさまでした」
「ありがとうございます」
隣へ座ると、少し開いた窓から下の喫茶の音が聞こえた。初めて来たときは立つ場所を見ていたが、今日は鍵盤のほうへ目が行った。
ここで『休みの日』をまた弾けると思いながら資料を開くと、前に候補にした日曜の四時で、正式に進めたいと書かれていた。
客席は六十、入場料は二千八百円で、俺への出演料は、石倉さんと小野さんとの二回の合わせを含め、五万六千円だった。
二人への依頼は植田さんが別に引き受けると聞いて、俺は自分の出る日の欄と、合わせる予定を確かめた。
「八曲くらいまでなら、前と同じように、曲の間にも話せますね」
主な出番は三十五分ほど、短い追加曲を歌える余裕も残して全部で四十五分の枠だと、植田さんは紙へ書いた。
前に歌った七曲を思い出しても、今度入れたい二つはすぐ決まっていたので、俺は先にその希望を伝えた。
「録った二曲は、両方歌いたいです」
*
植田さんが見せてくれた携帯には、俺の家の鍵盤とノートの写真が出ていて、二曲を聞いてから会を尋ねた人がいると言った。
「この音を聞いて、次の会はいつですかって、お問い合わせがありました」
前はここから帰った人へ歌を渡せなかったが、今度は家で聞いた人がここへ来るかもしれないので、俺は写真の題名を見た。
「同じまま歌うかは、まだ決めてないです。伴奏は、今度も二人と一緒にやりたいので」
「それを聞きたいと思います。買った曲が目の前で始まるのは、やっぱり違いますから」
植田さんが案内に二曲の題名を書いたので、俺は順に見て、自分が音から作ったものを、今度も自分で歌えると確かめた。
残る曲は石倉さんと相談することにしたが、長くなった『手のひらのつづき』も、また歌いたいと思っていた。
その横へ自分の二曲を並べられるのが楽しみで、前の曲順を見せてもらったとき、俺は一曲目を変えるほうを選んだ。
「『ひと駅ぶん』から、始めたいです」
前は途中で自作を紹介したが、今度は、最初から俺が作った四つの音が鳴り、そのあとに声が入る順番になる。
(それは、けっこうやりたい)
残りの順はまだなくても、始まるところだけはすぐ浮かんだので、俺は資料の最初の空欄へ、題名を書いておいた。
*
下でお茶を飲むと、植田さんは来週、何人かで小さい楽器を持ち寄る会もあると、予定の紙を見せてくれた。
俺の会の前後にも日が並び、同じ二階が別の音で使われるのを知って、自分の日ももう一度、映画を見る木曜と比べた。
そちらとは重ならず、撮影で交替した金曜も済んでいるので、俺は条件のまとめを受け取り、家で読んで返事をすることにした。
翌日の金曜に出演を引き受け、石倉さんへも二曲を含めた歌の会を相談すると、水曜に時間を取れると返事が来た。
『歌いたい順番から考えましょう』
二曲の紙を鞄へ入れたあと、夕方の勤務前に一曲目の始まりを弾くと、今日は六十席の向こうへ声を出すところが浮かんだ。
家の録音を送るだけではなく、今の声で二人へ渡してから、あの客席へ持っていきたかった。




