↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
171/175

第171話 今日は、四月の傘を

 撮影の一週間前の火曜日、市民センターの二階へ上がると、いつもの六人の歌会には、小さい鍵盤とギターが並んでいた。


 相原さんが弦に触れたまま、二曲を聞いたと教えてくれたので、俺は鞄へ入れた歌の紙を出した。


「二つ目、こっちでもやれる?」


「はい。歌の紙を、持ってきました」


 完成した録音を流すのではなく、今日目の前で弾いてもらうために渡すと、佐伯さんが四つの音を少し弾いた。


 相原さんのギターは拍の前へ近づいて聞こえ、二人を見て声を入れたら、録ったものより少し急いで歩く歌になった。


 間では一度止まり、佐伯さんの長い音に電車の窓の言葉を重ねると、最後に戻った四つの音で、ギターが一度強く鳴った。


 降りてからの足取りが変わったところを最後まで歌い、俺は譜面より先に、相原さんのほうへ顔を上げた。


「今の最後、好きです」


「歩き出すんだよね、そこで」


 相原さんにうなずいて椅子へ戻ると、同じ自分の歌でも、今日の二人と弾けば、今日の終わりになるのをもう一回聞きたかった。


     *


 次の人の手拍子のある歌が始まり、途中で佐伯さんの音が細かくなると、相原さんも笑ってその速さへ合わせた。


 俺も手を打ち、順番を待っているうちに、次には自分の『休みの日』より、久しぶりに歌いたい曲を選んだ。


「『四月の傘』、歌ってもいいですか」


 佐伯さんがすぐ前奏を弾いてくれたので、前にもここで歌った、雨の前の空を見上げるところから声を出した。


 今日は高い声を遠くへ出した。


 録音の二曲では小さく残した音を、向こうの椅子の人まで届かせて伸ばし、次の言葉で大きさを戻しても語尾は崩れなかった。


 音楽室の壁から返る声を聞き、最後の音へ入る時刻を待ってくれた佐伯さんへ顔を向けると、鍵盤と一緒に終えられた。


 拍手のあと、相原さんが、自分の曲とは違うけれどこれもいいと言ってくれたので、俺も好きだと答えた。


 自分の歌ができても、今の歌を選べるのは嬉しかった。次の順番でも何を歌おうかと、手元の紙とは別の曲を思い浮かべた。


 佐伯さんは最後の音をもう一回弾き、俺が止めた声のところについて、鍵盤から顔を上げて言った。


「最後の息、前よりずっと残るね」


「今日は、これくらいがよかったので」


 今度は違う終わりも聞きたいと笑われて、俺はその声をいくつか試したくなり、次にはどれにするか考えた。


     *


 夕方に帰宅し、次の火曜から始まる映画の案内を開くと、台本、靴、衣装で使うものが書かれていた。


 必要なものを鞄の横へ揃えてから、明日の水曜は、撮影日の金曜と交替した勤務に出ることも確かめた。


 その仕事が済めば、本番まで残るのは数日だったので、俺は台本の最初を開いたが、覚えた言葉を一度見て閉じた。


 今日の伴奏も、弾いてもらってから声が変わった。兄の返事を聞いて選ぶところまでは、今の部屋で全部決めずに残しておいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。