第171話 今日は、四月の傘を
撮影の一週間前の火曜日、市民センターの二階へ上がると、いつもの六人の歌会には、小さい鍵盤とギターが並んでいた。
相原さんが弦に触れたまま、二曲を聞いたと教えてくれたので、俺は鞄へ入れた歌の紙を出した。
「二つ目、こっちでもやれる?」
「はい。歌の紙を、持ってきました」
完成した録音を流すのではなく、今日目の前で弾いてもらうために渡すと、佐伯さんが四つの音を少し弾いた。
相原さんのギターは拍の前へ近づいて聞こえ、二人を見て声を入れたら、録ったものより少し急いで歩く歌になった。
間では一度止まり、佐伯さんの長い音に電車の窓の言葉を重ねると、最後に戻った四つの音で、ギターが一度強く鳴った。
降りてからの足取りが変わったところを最後まで歌い、俺は譜面より先に、相原さんのほうへ顔を上げた。
「今の最後、好きです」
「歩き出すんだよね、そこで」
相原さんにうなずいて椅子へ戻ると、同じ自分の歌でも、今日の二人と弾けば、今日の終わりになるのをもう一回聞きたかった。
*
次の人の手拍子のある歌が始まり、途中で佐伯さんの音が細かくなると、相原さんも笑ってその速さへ合わせた。
俺も手を打ち、順番を待っているうちに、次には自分の『休みの日』より、久しぶりに歌いたい曲を選んだ。
「『四月の傘』、歌ってもいいですか」
佐伯さんがすぐ前奏を弾いてくれたので、前にもここで歌った、雨の前の空を見上げるところから声を出した。
今日は高い声を遠くへ出した。
録音の二曲では小さく残した音を、向こうの椅子の人まで届かせて伸ばし、次の言葉で大きさを戻しても語尾は崩れなかった。
音楽室の壁から返る声を聞き、最後の音へ入る時刻を待ってくれた佐伯さんへ顔を向けると、鍵盤と一緒に終えられた。
拍手のあと、相原さんが、自分の曲とは違うけれどこれもいいと言ってくれたので、俺も好きだと答えた。
自分の歌ができても、今の歌を選べるのは嬉しかった。次の順番でも何を歌おうかと、手元の紙とは別の曲を思い浮かべた。
佐伯さんは最後の音をもう一回弾き、俺が止めた声のところについて、鍵盤から顔を上げて言った。
「最後の息、前よりずっと残るね」
「今日は、これくらいがよかったので」
今度は違う終わりも聞きたいと笑われて、俺はその声をいくつか試したくなり、次にはどれにするか考えた。
*
夕方に帰宅し、次の火曜から始まる映画の案内を開くと、台本、靴、衣装で使うものが書かれていた。
必要なものを鞄の横へ揃えてから、明日の水曜は、撮影日の金曜と交替した勤務に出ることも確かめた。
その仕事が済めば、本番まで残るのは数日だったので、俺は台本の最初を開いたが、覚えた言葉を一度見て閉じた。
今日の伴奏も、弾いてもらってから声が変わった。兄の返事を聞いて選ぶところまでは、今の部屋で全部決めずに残しておいた。




