第169話 陸が、先に片付けたもの
水曜日、撮影する古本店の休みの日に中へ入れてもらうと、カウンターの内側には、手を伸ばしたくなるものがたくさんあった。
椅子の下に紙袋、机の端に包装紙と小さい値札があり、静かに見える店でも、本を渡すまでに使う場所は一つではない。
看板や棚の名前は映画用へ変えると川瀬さんに聞き、先に店を見ていた店の人へ挨拶して、本を包むところを見せてもらった。
紙は大きすぎるものを使わず、表紙へ触る前には指を確かめ、角を揃えると、次に取るものを探す間がほとんどなかった。
俺も借りた一冊を包んでみたが、紙の端が少し余ったので、教わったほうへ折り直すと、机に置いた形が落ち着いた。
「本番でも、そこを急がずにやってほしい」
「はい」
手元を見ていた川瀬さんに答えてもう一度角を揃えると、兄と話している途中でも、包む本を雑に触る陸にはしたくなかった。
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撮影用の注文票は三枚で、すぐ渡せる本、まだ探している本、取りに来る日が閉店に間に合わない本の分だった。
最後まで待つ三人の客を台本で思い出して一枚ずつ見ると、兄と話していても、陸の手元にはこの続きが残っていた。
川瀬さんに票を見せてもらった若松さんは、一枚を取ってから店の中を見回し、兄のほうではわからないことを言った。
「兄には、何が終わってないか分からないんだよね」
「陸には、これを捨てられると困ります」
まだ本を渡していない人の票を指してから、二回目の読合わせになり、俺は教わった場所で本を包み始めた。
兄がカウンターの紙をまとめようとしたところで本を置き、その指がどの紙へ行ったかを見て、短く止めた。
「それは、いい」
「捨てていいってこと?」
「違う。触らなくていい」
若松さんの手から紙を戻すと、手伝おうとしたことはわかっていても、頼んでいないものを片付けられるのは嫌で、声が固くなった。
次の言葉の前に本を持ち直し、包みの角へ強く触りすぎないように手を戻したところで、川瀬さんが止めた。
*
「今、本を置いてから言ったの、よかった」
「手を離さないと、強く触りそうだったので」
「弟が、自分の仕事を守ってる感じが見えた。兄を嫌ってるだけにならない」
川瀬さんの言葉にうなずくと、若松さんも、閉めるなら全部同じだと思っていた兄が、初めて違うとわかるところだと言った。
俺は三枚のうち一枚を兄へ渡し、何を探しているか読んでもらう動きも試すと、渡したあとも紙から目を離せなかった。
返してほしいのではなく、何のために残したかを知ってから手伝ってほしいと思ったので、相手が読むまで待った。
細かくは台本にない動きだったが、川瀬さんが印を付けてくれて、俺は包んだ一冊と注文票を並べ直した。
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帰る前、店の人へ礼を言い、借りた本も元へ戻してもらった。ここには撮影後も客が来るので、陸の店のように閉まるわけではない。
外へ出ると若松さんが駅まで一緒に歩き、最後に鍵を返すときには、今見た店だと少し惜しくなると言った。
「はい。まだ、本がたくさんありますね」
俺も閉めた扉を振り返った。最後には棚の一部を空にして撮るので、今の場所へ、今度は終える日の陸としても立つことになる。
一か月後に戻るとき、包む紙の場所を探さずに手を伸ばせるように、俺は机の端を思い出しながら駅へ歩いた。




