第165話 その店を、閉めたい人
木曜日、川瀬さんから届いた『同じ鍵で』をひと通り読んだ。前の短編よりずっと長く、途中でお茶を入れ直しても、まだ先があった。
駅の近くの古本店へ帰る兄は、佐久間真、二十九歳で、仕事を辞め、六年ぶりに町へ戻ってきた人だった。
父から店を引き継いだ弟の陸は二十三歳で、もう閉めると決めている。その弟が俺に考えている役だとわかって、続きを読んだ。
最初の台詞へ戻ると、弟は閉じていた店に兄を見つけて、まだ同じ鍵で入れたことを、よかったねと言っていた。
『鍵、まだ同じでよかったね』
兄が帰ると知らせたのは今日の朝で、陸は怒鳴らないが、すぐお茶も出さないので、その間を、読み終えた今なら待ちたくなる。
会えて嬉しくないわけではなくても、兄がいなかった六年を自分はここで過ごした、と台本の先を知ってから口にした。
歓迎する声ならすぐ言えたが、今入ってきた人を確かめる声にすると、最後が少し落ちて、続けてお茶を勧める気にはならなかった。
俺は後のほうの声をもう一回出し、台本の中ほどにある、兄が店を残そうと話す場面へ進んだ。
*
『おまえ、店を辞めるしかないんだろ』
そう言われた陸は答えず、残っていた注文の本を包むので、俺は別の町で働く話が出たところまで、少し戻って読んだ。
弟はもう自分で確かめ、返事もしていて、兄が戻る前に次へ行くことを決めていたから、店を残す案へ飛び付く人ではなかった。
その決めたことを兄へまた説明する場面だと思い、紙に、陸はかわいそうな人でいたくない、と短く書いた。
書いたあと、一度線を引いた。
その言葉だけで全部を決めると、兄が本当に困っている声まで聞かなくなりそうだったので、紙を横へ置いて先へ進んだ。
最後には棚が空になり、店は閉じた。兄も立派な新しい仕事をすぐには手に入れず、二人で店を出るところまで続いていた。
鍵を返そうとする兄へ、陸は、それは持っていていい、と言い、俺は最初の台詞と同じ鍵のところを読み直した。
『それは持ってていいよ』
店を続けるとは言っていないが、兄とまた会うつもりはあると読めたので、その声は、最初に試したものと同じにはできなかった。
少し笑うところも、大きく怒るところも全部、弟としてやる。最後まで読み、携帯を机へ置いたところで思った。
(これ、やってみたいな)
まだ頼まれたとは言えないので、日曜日に会う約束を確かめ、話したい場面のあるページをもう一度開いた。
*
翌日の正午に工場を開くと、再編成後、元の数まで揃えて作らせていたキューブで、十三基目のプラントを買えるようになっていた。
十基目の中枢を待つ案と比べると、今ある九基へ補正の付くプラントを先に増やしたほうが、その中枢にも早く届く見込みだった。
俺は両方の時間を見てから購入した。三段の塔を揃えたときほど派手ではないが、今ある大きな出力へ新しい一基が効いていた。
【プラント:13基】
その速度で十基目の中枢へ予約を入れると、まだ二か月以上待つので、その一件だけを残して表示を閉じた。
台本を鞄へ入れる前に、最初の台詞をもう一度読んだ。ポイントは十、演技は八のままでも、言いたい声は選べる。
相手がどんな顔で鍵を出すかはまだ知らないので、そこで変えたくなる分を決め切らず、勤務へ行く時間まで声に出して読んだ。




