第164話 帰り道にも、聞こえる
発売から一週間後の日曜日、石倉さんから途中の数が届き、最初の日の四セットを含めて、十四セットになっていた。
売上は五千六百円、俺の分は四千四百八十円だったが、今月の分を締めて来月十五日に受け取るので、まだ口座へは入っていない。
制作費の五万六千円と並べれば小さい。それでも零だった場所に数が入り、二曲を買ってもらえた分として増えていた。
続けて届いた感想は、販売ページへ送った人が、本人へ伝えてよいと書いてくれたものだというので、俺は開いた。
『灯り舎で聞きました。帰ってからも聞きたかったので、買えてうれしいです。休みの日の、窓を開けるところが好きです』
最後の一行を読み直すと、俺がノートに書いて会場で歌ったところが、今は誰かの聞きたい言葉として返ってきていた。
会場で場所を尋ねた人と同じかはわからないが、あのとき答えられなかった、帰ってから聞ける音はもうある。
俺はお礼を伝えてもらうように返信し、少し迷ったあと、『また作ります』とも添えて、そこは消さずに送った。
*
昼に散歩へ出るとき、自分の二曲を携帯に入れ、家から駅のほうへ歩いていると、『ひと駅ぶん』が終わった。
耳元の伴奏だけ止まり、足はそのまま進んだので、今度は歌より遠くまで歩いていたのだとわかって、もう一度かけた。
短い。
もう一度聞くことにして始まりへ戻すと、四つの音が鳴る間にも、歩く先の景色はさっきより駅へ近づいていた。
店では何百曲も選べる機械を使っていても、自分で一つずつ買った曲は繰り返し聞いてきたから、その中に今は俺の曲も入る。
交差点で片方のイヤホンを外し、信号が変わるまで待つと、耳から外したあとにも、最後の音が頭の中に残っていた。
(もう一曲あれば、店までちょうど届くかな)
長さのためだけに作るつもりではなかったが、次に聞きたい音を少し考えながら、俺は信号の向こうへ渡った。
*
月曜日、勤務へ行くと、店長が会うなり、買えたと教えてくれたので、俺は荷物を置く前に礼を言った。
「ありがとうございます」
「休みの日、夜に流すといいね。短いから、風呂の前でも聞けた」
店長の家の風呂の前に俺の声がいると思うと、録るときには想像していなかった場所で、少し笑ってしまった。
会場へ来て聞いてもらうのとは違い、いつ聞くかも、そのあとに何をするかも、店長の一日の中で決まっていた。
俺も家で曲を聞いてからゲームを開くので、短い歌がその時間に入れたと知って、今度は完成したと知らせてよかったと思った。
*
勤務の前、川瀬さんから新しい映画の連絡が届き、俺は添えられた説明を読んでから、台本のファイルを開いた。
前より長いものを作る予定で、駅の近くの小さい店へ、仕事を辞めた兄が戻り、そこで働き続ける弟と会う話だった。
俺に考えているのは弟の役だというが、まだ出演は決まっておらず、一度台本を読んで、会って話したいと書かれていた。
面談できる日を二つ返して台本を保存すると、題名を確かめるより先に、弟の最初の言葉が目に入った。
『鍵、まだ同じでよかったね』
その一行だけでは、兄を迎えて優しく言うのか、ほかのものが変わったと冷たく言うのか、俺はまだ選べなかった。
先を読んでから声にしたくなったところで六時になったので、携帯をしまい、店のいつもの場所から鍵を取った。
まず今日の部屋を開け、帰ったら、弟が次に何を言うのかを読みに行くことにした。




