第150話 次も、俺の名前で
公演のあと、出口の近くで何人かと話した。プログラムで名前を確かめてから来た人がいたので、俺も、その人が見ていた欄へ目を向ける。
「映画を見て来ました。宮下の声と、歌う声って、少し違うんですね」
「あのときは、役の声にしていました」
「今日のほうも、好きでした」
礼を返すと、その人は『手のひらのつづき』へ指で印を付けた。宮下の声から来て、今日の歌も好きだと言ってもらえたので、役のときと違う声で、もう一度礼を言った。
藤崎さんと森野さんも待っていてくれた。小野さんが鍵盤の片づけを終えて来ると、森野さんは『椅子をふたつ』の話をした。
「歌だけで聞くの、よかった。俺が入るところがなかったな」
「……今日は、全部歌いたかったので」
「知ってる」
笑って返された。森野さんは来月、別の芝居へ出る準備をしているというので、日付を聞き、あとで自分の予定を確かめることにした。
小野さんは、最後の短い曲をもう一度弾けたのが楽しかったと話した。俺も同じだったので、そこはすぐにうなずけた。
藤崎さんはプログラムを鞄へしまいながら、俺の曲のことを話してくれた。
「『休みの日』、二回目に歌詞がちゃんとわかった」
「はい」
「あれ、私も帰ったら好きなものを開こう、って思う。今日は、歌の録音かな」
何を開くのか聞きかけたら、先に教えてもらえた。
「……俺も、そうだと思います」
「今日の自分の?」
目をそらした。石倉さんが確認用に録った音をあとで送ってくれることになっているので、それも当然、聞きたい。
「たぶん、そうです」
「何回くらい?」
「まだ、決めてないです」
藤崎さんが笑った。回数まで先に決めなくても、聞きたいところを聞けばいいので、そこは訂正せずに駅へ歩く。
森野さんが別の路線へ向かい、藤崎さんとも改札で別れた。家へ帰る前に、鞄を開いてプログラムがあるのを確かめる。
舞台へ置いていく紙ではなくなっていた。
*
翌日の月曜日、公演の四万八千円が入った。植田さんへ返事をすると、五十四人が来場し、最後の一曲まで予備の時間へ収まっていたことも知らせてくれた。
また歌う会を考えたいと書いてあるのを見て、次の日付を探しかけたが、まだ決まってはいなかった。
曲もこれから相談するので、ぜひ話を聞きたいと返した。七曲を自分で選んで歌えたあとなら、次に歌いたいものも、自分から出せそうだった。
スマホを机へ置き、最初に歌って公演料をもらったときのことを思い出した。あのときは、歌うと本当にお金が入るのを何度も見た。
今日は、選んだ七曲を全部聞いてもらった分だった。金額のところを確かめるだけで、最後の拍手も思い出せる。
(歌えたし、入った。どっちもいい)
公演の録音はその週に届き、次の日曜日にイヤホンで聞いた。自分たちで振り返るための音で、客席の声も入っているので、そのまま人へ配るつもりはなかった。
最初の挨拶は硬かったが、自分が思ったほど聞きにくくはない。歌い始めると、そんなことより、自分の声が次にどう変わるかを聞いていた。
『休みの日』のあとには拍手が入り、最後のもう一回にも同じように残っていた。そこを続けて二度聞き、鍵盤へ向かう。
(ここは、何回聞いてもいい)
同じ短い曲を一度弾いてから、少し違う音を足した。長くするための続きではなく、別の短い歌が始まってもいいと思い、その始まりをもう一度弾いてみた。
*
公演から一週間後の、その日曜日には、『くるり』の休日篇も公開された。机を片づけて友人の座る場所を作る佐野へ、吉岡さんの声が入る。
俺が少し言い返したあと、空いた椅子へ友人が座った。歌も決めた入り方で聞こえ、撮った三本を全部、公開された画面で見られた。
同じ日に三枝さんへ確認の返事をし、翌日の月曜日には、最後の八万八千円を受け取った。
三回で、二十六万四千円。
書面で読んだ仕事を、撮影と録音から公開まで見届けられた。ただ、九十日の使用期間はまだ続き、店や公式ページで使われるので、今日で全部消えるわけではない。
休日篇のページを藤崎さんと店長へ送り、夕方の勤務には、少し早く入ることにした。公演が終わってから話そうと思っていたことがある。
*
五時すぎ、店長に来月の勤務を相談した。
「来月から、月曜日と金曜日の二日にできないでしょうか」
今は月水金の三日で、今月の水曜も予定に入っていた。そこを取り消すお願いではなく、歌や録音の相談を受ける時間を、来月からもう少し作りたいと伝える。
言い終えて顔を見ると、店長はすぐには返さず、予定表を見て考えた。そのあいだに理由を足したくなったが、同じことしか出てこなかったので待つ。
「来月からなら、組めるよ。水曜は先に調整しておこう」
「ありがとうございます」
「歌の会、どうだった?」
プログラムを一枚見せ、五十四人が来たことと、自分の曲も歌ったことを話した。短くするつもりだったが、もう一回歌ったことも、つい付け足した。
店長は紙を読み、自作の題名へ指を置いた。
「この曲、また今度聞かせて」
「……はい」
今でも歌えると思ったところで、フロントから店長を呼ぶ声がした。紙を返され、廊下へ出ていくのを見送って鞄へしまう。
(今度、だ。今日はまだ仕事の前だろう)
五時半、休憩室で石倉さんの連絡を開いた。『休みの日』をもう一度聞ける録音として作らないか、という話で、もう一曲くらい一緒にできないかとも書いてある。
公開するなら、客席の音を切り出さず、改めて録る。費用もどう出すかもまだ知らないが、昨日、短い始まりを作っていたので、話は聞いてみたかった。
『やってみたいです。俺の名前で出す曲の話として、聞きたいです』
送ると、少しして返事が来た。
『もちろん。今度はそこから、一緒に考えましょう』
日時を相談してスマホをしまった。六時にエプロンを着けて勤務へ向かうときには、帰宅して何を開くかが、もう決まっていた。
帰ったら、昨日足した音の続きを録ってみようと思った。




