第15話 三十八番
予選の三日前、昼食の皿を流しへ運んだところでスマホが鳴った。
『ステーションスクエア歌唱コンテスト 予選当日のご案内』
来た。
手を拭き、テーブルへ戻る。開いて最初に出たのは、受付の時間だった。
午前十時半から十一時十五分。参加者への説明は十一時二十分で、大会は正午から始まる。
十時半か。
休みを取ってもらったので安心していたが、当日はいつもの休みより早く起きなくてはいけない。
寝る時間も、前もって考えておこう。
下へ送ると、名前と出演順が出た。
【出演番号:38】
【久瀬凪】
【曲名:帰り道】
【キー:原曲と同じ】
三十八番。
最初ではなかった。そこは少しほっとした。
ただ、俺の前には三十七人いる。
それだけ待ちながら、うまい人の歌を聞くことになるのだ。先日の練習では最初に歌ってよかったと思ったくせに、一番最初は嫌がっていた。
(じゃあ何番なら満足するんだ、俺)
名前と曲をもう一度確かめ、案内を読み進めた。
*
参加者は二十人ずつ、三つの組に分かれていた。
一組目は正午、二組目は午後一時二十五分、三組目は二時五十分から。間には短い休憩がある。
歌が終わる目安は四時。結果発表は四時半だ。
けっこう長い。
自分が歌い終わってすぐ帰る、という日ではなかった。最後までいて、十二人に名前が入るかを聞くことになる。
三人のグループを開くと、藤崎さんも案内を見ていた。
『私、三十一番だった』
相原さんからも来る。
『十八番。二人より先だね』
『俺は三十八番です』
送って、もう一度順番を見た。
相原さんは最初の組。俺と藤崎さんは二組目だった。同じ組でも、藤崎さんが歌ったあとに六人いて、それから俺だ。
『十時二十分に、施設の入口でどう? 前に会場見に入ったところ』
藤崎さんの提案へ、大丈夫ですと返した。
歌会の帰りに使った入口なので、場所はわかる。家から歩いて行っても、十時前に出れば十分だった。
予定表へ、九時五十分出発と入力する。
もっと早く出たほうが安心かもしれないが、入口に一人で長くいるのも落ち着かない。何度も時計を見ていたら、時間がたつのも遅く感じるだろう。
目覚ましは九時に合わせた。
起きて食べて着替える。そこまでは、先に決めておける。
*
会場の図も添付されていた。
吹き抜けの中央が舞台で、正面に客席が並ぶ。右側には低い仕切りで囲まれた待機場所があるらしい。
自分の五人前になったら、客席の右側にいる係員へ声をかける。そこから舞台脇へ案内してもらえる、と書いてあった。
俺は三十三番で移動すればいい。
三十一番の藤崎さんは、座って聞ける。それがわかると、少し嬉しかった。
案内図を保存し、メールに印をつけた。受付で開こうとして探し始めるのは避けたい。
名前、曲、時間、行く場所。
ひと通り確かめて、スマホを置いた。
スマホへまた手を伸ばしかけたが、台所に皿を置きっぱなしなのを思い出した。先に、そっちを洗おう。
*
洗い物のあと、ゲームを開いた。
昨日の昼に、合成ユニットの五基目と、生成炉を一基買ってある。
合成のほうは、前に四十兆も使うからと見送った設備だった。複製プラントを二基にした今は、次のプラントだけで二千五百六十兆かかる。
そこまで待ち続けるくらいなら、先に合成を足しておいたほうがいい。
あのとき買わなかったものを、今度は買う。
こうして順番を考えるのが好きだった。高いからずっと放っておけばいい、というわけでもない。
【生産速度:722,864,256/秒】
毎秒七億二千二百八十六万ほど。
昨日四十兆以上使ったのに、手元のキューブはまた百兆を超えていた。前より速く戻ってくるのを見ると、少し得意な気分になる。
次の合成ユニットは、三百二十七兆を超える。今日はまだ買えない。
実績の欄を開いた。
【次の実績:累計1,000,000,000,000,000キューブ生産】
【報酬:スキルポイント×11】
千兆。
予選までには間に合わないが、今の速さなら、その先には届く。
歌唱を七にするには十三点必要だった。手元に八点あるので、報酬を取れば買える。
六にしただけでも、あれだけよくなったのだ。七も試したい。
ただ、今日すぐ買えないからといって、今の声に不満があるわけではなかった。三人で練習したとき、聞いてほしいところは全部歌えた。
予選は、あれで行こう。
できれば、その先でも歌いたい。千兆貯まったあとに一人で試すだけでは、少しもったいない。
画面を閉じ、ハンガーのシャツへ目を向けた。
カーテンに引っかからない場所へ移してある。これを着て、バッグを持って出る。
買ってから何度か見ているので、当日だけ妙に気になることはなさそうだった。
*
夕方、出勤前にグループを開くと、相原さんが昼食について送っていた。
『始まる前に、何か食べておいたほうがいいと思う。去年、待ってる間にお腹空いた』
それは困る。
昼過ぎまで待つなら、朝食だけでは足りない。歌っているところで腹が鳴るのも嫌だが、それ以前に、ほかの人の歌へ集中できなくなりそうだった。
『軽く買っていきます』
藤崎さんが返したので、俺も同じ文を打ちかけた。
冷蔵庫へ目をやる。
家で用意すればいいか。
『俺は、おにぎりを持っていきます』
『いいね。もう当日の段取りできてるんだ』
藤崎さんから返ってきた。
今、決めたところだった。
今の返信だけで、準備のいい人になっていた。
(よし。朝のおにぎり、忘れるなよ。それさえ作れば、ちゃんと準備のいい人だ)
持ち物の欄へ、おにぎりと飲み物を書き足した。
出勤して着替えを終えると、廊下で藤崎さんに会った。
「メール見てたら、急に緊張してきちゃった」
「……俺もです」
「三十八番だもんね。待つよねえ」
うなずきかけて、さっき図を見ながら気づいたことを思い出した。
「藤崎さんの歌、聞けます」
藤崎さんが、こちらを見た。
「そっか。私も、久瀬くんの聞けるね」
「はい」
「じゃあ、お互い拍手しよう」
少し笑って言われ、俺もうなずいた。
客席で一人、ずっと番号を数えているところばかり想像していた。でも、最初の組では相原さんが歌う。そのあとには藤崎さんの『窓の灯り』も聞ける。
俺が歌ったら、二人が聞いてくれる。
そう考えると、三十八番もそこまで悪くない気がした。
藤崎さんと別れ、フロントへ向かう。
今日は帰ってから、メールより録音を聞こう。歌い方の確認をしながら、拍手も入っているあれを、もう一度聞きたかった。




