第145話 この写真は、俺で使ってください
月曜日の午後、『灯り舎』の舞台で紹介用の写真を撮ってもらった。いつもなら役が何をする場面か先に聞くが、今日は俺が歌う会の案内なので、立つ場所を確かめるところから始まった。
植田さんに二着と言われたので、無地の濃い色のシャツを着て、もう一枚は鞄へ入れて持ってきた。
「そのまま、ここへ立っていただいていいですか」
撮る人が真ん中を指し、俺はそこへ立った。顔の向きは決められても、何も持っていない手は、どこへ置けばよいか迷う。
(いつもの問題が、普通に残っている)
何枚か撮った画面を見せてもらうと、肩は上がっていなかった。でも、ただ立つ俺が真ん中にいるだけで、何をしている人か、自分でもよくわからない。
「歌っているところも、撮ってみましょう」
マイクを渡されると、片手の置き場所が決まった。電源は入れなくていいと言われたが、そのまま『午後の急行』の短いところを歌う。
声を出しているあいだは、誰に聞いてもらうかを考えて前を見られた。シャッターの音は聞こえても、そのたびに手を気にせずに済む。
歌い終えて画面を見ると、さっきより口元が緩んでいた。歌っている俺なら、自分でも、これを使ってほしいと言えそうだった。
植田さんが、一枚を大きく表示した。
「この写真を、会場の案内と公演のページに使っていいですか」
マイクを持って少し横を向く俺と、端に見える小野さんの鍵盤を確かめた。人の服を借りた役の写真ではなく、今日、自分でここへ来た姿だった。
「はい。これで、お願いします」
植田さんから用途を書いた控えを受け取り、名前も確かめた。久瀬凪の下には、『歌う人』と短く書いてある。
仕事で歌っているのは、もう何度も見てもらった。でも、役名も作品名もなく、ただそう紹介されていると、読み終えてからまた戻りたくなる。
(歌う人。今日は、たしかにそれで来てるけど)
植田さんが予約は五十一人になったと教えてくれたので、今度は名前ではなく、人数のほうへ目を移した。
あと九席。
全部埋まってほしかった。顔を向けられる人が増えることより、聞きに来る人が増えるほうを先に考えていると気づき、日曜日の欄を確かめた。
*
帰りの電車で森野さんから連絡が来た。
『小野さんからも聞いた。日曜、行くよ』
座席で背中を起こし、礼と、今回は芝居を入れず歌だけをやることを書いた。森野さんはもう知っていると返してきた。
『レンがいなくても歌っていいだろ』
そう言われると、自分がわざわざ書き足したことがおかしくなった。小野さんの『椅子をふたつ』も楽しみだというので、俺も歌うのを楽しみにしていると返す。
電車を降りてから写真を開くと、見に行くと決めた人が、当日までこの顔を見るのかと思った。
誰かに見てもらうために選んだのに、まだ自分でも何度か確かめたくなり、駅を出る前にスマホをしまった。
家へ帰って着替え、工場の購入履歴を開いた。九基目の中枢が増えていたので時刻を見ると、電車の中ではなく、家へ着いたあとの四時十六分だった。
予約の通りに所持キューブから払われ、七基だった中枢が、八基目に続いて九基目まで増えた。プラントの補正も三段の塔も、そのまま働いている。
空になった予約欄の下で、次の値段を開いた。ずっと高い数字だったので、買える時刻を決める前に、今の追加生産と残りを比べる。
(先に買っておく、が簡単に言えなくなる額だな)
今回の中枢も、数日で代金を取り戻せるものではない。それでも、見ていない時間まで生産は増えるので、しばらくはこの形で動かしておくことにした。
次の予約を入れる前に、ほかの改良もゆっくり比べたかった。
*
石倉さんから金曜日の合わせに使う音が届き、イヤホンで聞くと、前回の終わりの待ち方が残っていた。
最後のサビの前で二人が待つところを聞いて、当日はそこへ自分から合図を返す、と手元の紙も見た。
公演ページには、選んだ写真が載っている。森野さんへそのページを送り、スマホを机へ置いて、今度は鍵盤の前に座った。
日曜日には俺以外にも、ここで作った音を聞く予定の人がいる。そう思うと、自分の曲の始まりも、家で鳴らすだけの音とは違って聞こえそうだった。
それでも、今日はまだ家で弾けるので、夕飯の前に一分十二秒を最後まで歌った。指を離してから、夕方の勤務へ出る用意を始める。




