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第142話 最後に歌うのは、これにします

 木曜日の午後、石倉さんの制作室で候補の紙を広げると、十曲の題名が並んでいた。小野さんも来ていて、空いたところへ番号を書けるようにしている。


 七曲まで、と言われたのは覚えていた。でも、歌う自分を想像して順に見ていくと、どれも少しずつ欲しくなる。


 (枠を増やしてもらう話から始めるのは、さすがに違う)


 初めて聞く曲を、石倉さんが再生した。『午後の急行』は短い言葉が次々に来るが、見本の声は、急いで叫んでいるわけではなかった。


 先へ行きたい感じが好きだったので、そのまま歌ってみた。言葉の終わりを毎回伸ばすと次へ遅れるため、切るところを選び、伴奏の音を聞く。


 石倉さんがギターを取り、短いところだけ合わせた。録音を聞くときには見えなかった指の動きも追い、声を少し待たせて、ギターのあとへ言葉を入れる。


 もう一度同じところを歌うと、さっきと違う短い音が返った。それを聞いたら、最初の一曲はこれがよくなった。


「最初に、これを歌いたいです」


 小野さんが紙へ一番と書いた。今日は練習を固める日ではないが、自分が舞台へ出たあと、どんな音から歌うかは決められた。


 二曲目には、『ひとつ先の週末』を選んだ。館内の短い案内の部分だけでなく、二分十八秒の全体を歌う。


 石倉さんと最初に試し録りしたときは、マイクの前に丸い網があった。歌い出しを思い返すとそれも浮かんだが、本番では、向こうに客席がある。


 小野さんが見本より軽い鍵盤で始めたので、俺も声を出すところを選び直した。同じ曲でも、生の二人の音を聞いてやるなら、また歌ってみたかった。


 演奏については、石倉さんが関係する人へ確認を済ませていた。仕事の映像を流すのではなく、俺たちが会場で歌うための準備を進められる。


 二番の最後まで声を出してから、マイクを下ろした。小野さんがその曲にも番号を書き、三つ目の空欄へ指を移す。


「そのあと、『椅子をふたつ』にしたいです」


 言ってみると、自分が歌ってきた順番も思い出せた。でも、その次には新しいものを聞いてもらいたかったので、四番へ『休みの日』を入れる。


 そこで鍵盤へ座り、短い歌を自分で弾く。小野さんが終わりに添える音を試すと、俺の声が切れたあとも、最後まで聞いていられた。


 石倉さんはそのあいだ、ギターを弾かないことにした。


「最初は、自分の音を聞いてもらおう」


「はい」


 二人に全部を鳴らしてもらうより、自分で作った始まりがそのまま出る。指を鍵盤へ置くと少しそわそわしたが、最初の音を変えずに弾いた。


 自分の手で始められるところを、残したかった。


     *


 五番と六番は、どちらも初めて歌う曲になった。『バスの来ない夜』は、待っているあいだに、隣の人へ話しかけてしまう歌だった。


 強く歌うと、バスが来ないことに文句を言っている人に聞こえたので、返事をする言葉だけ、少し待ってみた。


 時間は気になっているけれど、もう少し話していたい。そう思って歌うと、次に出す声もさっきほど強くする必要がなくなった。


「そこで待てるの、いいね」


 石倉さんが笑って続きを弾いたので、その声のまま歌い、最後には、帰りたくないほうの気持ちも残せた。


 次の『空のグラス』では、小野さんが音を減らした。大きな言葉のあとに来る短い返事が好きで、そこを歌う前から、終わりまで聞きたくなる。


 声のあとへ鍵盤が入るのを待ち、その返事だけを近くで話すくらいの声にすると、前の言葉との差も自分で聞けた。


 (歌いながら聞くの、忙しい。でもこれ、楽しい)


 歌い終えて顔を上げると、六つ番号が付いていた。あと一曲は、長い版ができたと聞いて、この話をしに来たものだった。


「『手のひらのつづき』を、最後にしたいです」


「理由は?」


 石倉さんに聞かれ、紙を見た。歌いたいものをいろいろ入れたあとに、あの続きを最後まで聞いてもらいたかったが、うまい説明は出てこない。


「最後のところ、いちばん歌いたかったので」


 (主催側に説明する理由として、足りてるか)


 石倉さんは七番と書いた。


「じゃあ、そこまで聞きたくなるようにしよう」


 小野さんも、前の曲からどんな音を残すか考え始めた。足りていたらしいので、最後の題名の横にも、小さく印を付けておく。


 七曲で二十二分ほどになるため、話すところと鍵盤へ移るところを入れて、全体を三十五分に収める。


 俺の場合、話が長くなるより、何も言わずに次へ行くほうがありそうだった。最初の挨拶を考えようとしたところで、石倉さんがメモを指した。


「最初と、自分の曲の前は、少し話してもいいと思う」


 うなずいて印を足したが、全部の文章までは書かなかった。自分で作った曲だと伝え、最後には、前に短いところを歌っていた曲だと伝える。


 まず、それなら言える。


     *


 植田さんへ送る曲目に、『休みの日』の作詞・作曲として自分の名前を書いた。鍵盤で音だけ作っていた頃には、まだ書けなかった欄だ。


 石倉さんの曲と並んでいるのを見ると、嬉しくなってそこだけ読み返してしまい、あとから題名の文字も確かめた。


 (名前のほうも見ろ。嬉しいのはわかったから)


 名前も合っていたので、石倉さんが送信すると、俺にも控えが届いた。帰りの電車で開き、七つの題名を上から追う。


 時間の枠は増やさなかったが、入れたかったものは入った。最初から最後まで自分が歌う順番で、始まりの音を聞き直した。


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