第140話 休みの日、という題名
火曜日の午前中、一番と二番のあいだを短く弾いて、自分の曲を最後まで歌った。同じ旋律へ戻っても言葉が違うので、二番では少し声の出し方を変える。
帰ってきたところから始めた歌が、家で好きなことを始めるところまで進み、最後には最初より高い音が残った。
そこを長く伸ばしてから鍵盤も終え、スマホを止めると、一分十二秒で録音されていたので、すぐに再生した。
途中で終わってしまう感じはしなかった。自分が決めた最後までちゃんと来たのを聞いて、ノートの題名欄へ目を向けた。
そこだけ、まだ空いている。
作詞を買ってから、音に入る言葉はすぐ考えられるようになった。それでも、ノートには消した行が残り、書いた通りに歌って採用しなかったものもある。
『まだ頑張れる』は、伸ばす音へ無理なく入った。ただ、その日に頑張る用事を済ませて帰ったつもりだったので、家でもうひと押ししたくはなかった。
その行を消して、台所の明かりを付けることを書いた。温かいものを食べ、あとで好きな音を出せるなら、俺はそれでかなり機嫌がよくなる。
最初は、帰ったときにすることをそのまま入れた。
『靴をそろえて 今日はここまで』
『窓を少しだけ 開けておこう』
続く短い音には、机で待っていたものを開くことを書いたが、俺が開きたいゲームまで、歌詞で指定はしなかった。
あとでゆっくり好きなものを開ける、というところまで歌えば、家の鍵盤で選んだ音ともちゃんと合う。
そうしているうちに昼が近くなり、録音を止めていたスマホの隣で、視界の工場を一度だけ確かめた。
(自分の歌を作って、自分のゲームを待たせている)
数字のほうは待っていなかったので、増えた分を見てから閉じた。こちらも、題名を決めれば、とりあえず人に聞いてもらえる。
『自作メロディー01』のままなら、ファイルは見つけられる。でも舞台でその名前を言ったあとに歌い始めるのは、なんだか落ち着かなかった。
四十二秒、とも書きかけてやめた。もうその長さではなくなっているので、ノートの最後に、『休みの日』と書く。
仕事から帰るところも歌っているが、誰かに急かされず、好きなことに時間を使える感じには、その名前がいちばん近かった。
保存名を『休みの日_声と鍵盤_一分十二秒』へ変え、前の鼻歌は隣に残して、石倉さんへファイルを送った。
聞いてほしいと伝えたあとにも自分で再生して、最後の音まで待ってから、始まりへ戻してしまう。
(返事を待つ間にできることが、聞くことばっかりだな)
*
午後に石倉さんから返事が来ると、最初に『最後まで聞きました』とあるのを確かめ、それから続きを読んだ。
『明るいところへ行きすぎないのが、久瀬くんらしくていいと思う』
続けて、一番の終わりの鍵盤を減らして試せるかと聞かれたので、台の前に座り、まず今までの形で弾いた。
次に、右手で足していた音を一つやめた。詞は変えていないのに、声の最後が鍵盤に重ならず、伸ばしている間も言葉を聞いていられる。
こっちのほうが好きだったので、その部分をもう一回歌って録り、送るときに、採用したいことも書いた。
小野さんにも渡してよいかと返ってきたので、お願いした。家で録ったものが、あの鍵盤でどうなるかまで聞きたくなっている。
仕事の完成音源として納めたわけではなく、本番へ向けた相談の録音だったが、二人が自分の曲を開いてくれると思うと、すぐ次のことへ移れなかった。
開いたノートには、一分十二秒の歌がもう書いてある。
*
夕方、藤崎さんへ、前に聞いてもらった曲に詞が付いたと連絡した。俺は勤務のない日だったが、向こうの都合まではわからないので、そのあと晩ごはんを作った。
皿を机へ置いたときにスマホが鳴り、『聞いてみたい。送ってくれる?』と来ていたので、完成したほうを選ぶ。
自分の曲を、自分が聞いてほしい相手に送れる。
ファイルを添えてから食べ始め、半分くらい進んだところで返事を開くと、箸を持つ手が止まった。
『本当に歌になってる! 最後のところ、前に口ずさんだのと同じだね』
詞を付けたことだけでなく、まだ鼻歌だったときの終わりを覚えていてくれたので、そこの音を頭の中で確かめた。
(そこ、残してよかった)
礼を返したあと、日曜日の四時に、石倉さんと小野さんが弾いてくれる歌の会があることも書いた。
俺の歌を聞く会で、この曲も入れたい。
そのまま送ると、少し間を置いて返事が来た。
『久瀬くんが歌うのを聞きに行く、って予定にできるんだね』
その行を読み、椅子へ深く座り直した。作品を見に来てもらうときも俺の歌を聞いてくれたが、今度は初めから、それを予定にしてもらえる。
自分でも日付を確かめてから、もう一度送り、都合が合えば来てほしいと続けた。嬉しいと書くより、先に誘うほうを選べた。
*
食器を洗って鍵盤へ戻ると、詞はノートを見なくても出てきたが、途中で指の行き先を確かめたくなった。
片方ずつなら迷わずできるのに、弾きながら歌うと忙しい。声を進めたまま次の指を見るために、手元へ顔が落ちる。
ノートを台の横へ寄せ、最初から弾いて、今度は最後まで進めた録音を一つ残した。大きな仕事に納める音には、まだ使わない。
自分の歌ができた日に、ここまで弾いて歌えたものは取っておきたかったので、録り直したほうも消さずに残した。




