第135話 今度は、四十二秒
月曜日の朝、三本の広告が届いた。
朝、夜、休日。
机の鍵盤を端へ寄せ、イヤホンをつけて見る。
佐野が靴下を探している。
次の日の朝には、すぐに一足取れた。椅子へ座って休むところで歌が入り、最後に店名が出る。
三十秒だった。
俺は止めず、二本目へ進んだ。
*
夜の佐野は、やはり明日の料理を取られたくなさそうだった。
吉岡さんの箸を見て、容器を少し引く。
その手を追うように品物が映り、蓋を閉めた俺の顔へ戻った。
声が重なる。
先に見せてもらったものより、鍋や食器の音も入っている。
あの部屋で、二人が夕飯を終えたあとに見えた。
三本目は、休日の片づけだった。
椅子を空けるところで、少し笑ってしまった。
撮ったときには、相手の顔を見ていた。画面で見ると、上着の置き場に困っている自分の手もよくわかった。
今度は、先に品物へ手を伸ばせる。
そこが、佐野なりに少し変わったところだった。
*
短い版も確認し、名前の表記や声に問題がないと返した。
三枝さんからは、お店側でも確認が済んだと連絡が来た。
最初の公開は、今度の日曜日。
残りの二本は、四週間ずつ空けて出る。
俺は、まだ公開前のファイルを仕事のフォルダへ戻した。
全部見てほしかったが、友人へ送るのは正規のページができてからだった。
いったんイヤホンを外し、鍵盤を手前へ戻す。
こちらにも、続きを聞かせたいものがあった。
*
昼、作曲の欄を開いた。
【作曲 Lv.1 → Lv.2:1ポイント】
【作曲 Lv.2 → Lv.3:2ポイント】
今の旋律は、気に入っている。
前に藤崎さんへ聞かせたところから、続きも少し増えた。
ただ、増やしたところをどこで終えるか、まだ迷っていた。同じものをもう一回つなぐと長くなるが、二回目は少し飽きる。
三点を使った。
【作曲 Lv.3】
【所持スキルポイント:54】
最初の部分を弾いてみる。
続きをそのまま足す前に、最後の音を少し短くしたくなった。
間を空ける。
次の旋律を、高いところから始めてみた。
同じ気分のまま続いていたところで、少し先へ進んだ感じがした。
俺は、最初から弾き直した。
*
続きで高くした分、最後は元の旋律へ戻したかった。
全部繰り返すと長い。
最初の四つの音だけを使い、終わりの音を長めに残す。
左手も、そこで止める。
俺は鍵盤から指を離した。
さっきまで、途中でやめていたところが、今度は終わりとして聞こえた。
もう一度、声も重ねた。
歌詞はない。鼻歌と、簡単な鍵盤だけだ。
それでも、最初から最後まで同じものをやり直せた。
録音の時間は、四十二秒だった。
短い曲ではある。
でも、今の長さが気に入った。三分にするためだけに、同じところを足したくはなかった。
俺は保存名に、四十二秒、と足した。
(題名は、まだ保留で)
変に格好をつけて、あとでファイルを開くたび照れるのも困る。
もう一度再生した。
*
翌日の夜、ゲームが次の実績を知らせた。
累計の桁が、また一つ上がっていた。
二十二ポイントを受け取ると、所持は七十六になる。
俺は、基礎倍率を開いた。
【基礎生産倍率 ×16 → ×32】
【必要スキルポイント:64】
六十四点。
一点を惜しんでいた頃を考えると、ずいぶん使う。
でも、今の工場全体へ掛かる二倍だった。
三段につなぎ直した塔も、増やした中枢も、まとめて二倍になる。
俺は、今の生産速度と購入後の数字を見比べた。
俺は購入した。
【所持スキルポイント:12】
生産速度が倍になったのを確かめ、少し笑った。
残高は減ったが、満足だった。
しばらく増えるところを眺めてから、鍵盤の前へ戻った。
*
水曜日は、勤務より三十分早く店へ行った。
昨日、藤崎さんへ聞いて、時間を空けてもらっていた。
休憩室のテーブルへスマホを置く。
仕事の広告ではなく、自分の録音を開いた。
「前の続きです」
「できたんだ」
「はい。短いですけど」
再生を押す。
小さなスピーカーから鍵盤の音が出た。
藤崎さんが俺の手を見た。
「これも久瀬くんが弾いてるの?」
「はい」
それ以上しゃべると、曲にかぶる。
黙って待つことにした。
十六秒だけだった頃より、待つ時間が長い。
自分で増やしたのに、少しそわそわした。
*
曲が終わると、藤崎さんは最初の旋律を小さく口ずさんだ。
「あ、こう戻るんだね」
俺はうなずいた。
「そこ、好きです」
「うん。最後にもう一回出てくるの、いいね」
その言葉が嬉しくて、再生のボタンへ手を伸ばしかけた。
頼まれていないので、止めた。
(もう一回いかがですか、とか言うなよ)
「もう一回聞いていい?」
「はい」
今度は、すぐ押した。
藤崎さんは、最後のところだけもう一度一緒に歌った。
誰も知らなかった音を、目の前の人が覚えている。
俺は、自分も少し声を足した。
録音が止まってからも、すぐにはスマホをしまわなかった。
「歌詞は、つけないの?」
「……つけたくなりました」
さっきまで、終わったと思っていたところだった。
藤崎さんが笑う。
「じゃあ、それもできたら聞かせて」
俺は、うなずいてから六時の時計を確かめた。
まだ五分あった。
広告の公開日に、よかったら一緒に店へ見に行かないかと誘った。




