第132話 両手でも、弾いてみたい
日曜日の昼、演技へ二十一ポイントを使った。
【演技 Lv.8】
【所持スキルポイント:38】
買えるとわかってから一晩考えたが、最初に欲しいものは変わらなかった。
佐野を、もう少し細かく動かしてみたかった。
俺は、今度撮る台本を机へ置いた。
友人に夕飯を出したあと、明日の分も味見されそうになる。
親しい相手なので、本気で怒っているわけではない。でも、止めたい。
鏡へ向き直り、短い返事を言ってみた。
「それ、明日の」
相手が箸を戻すところを思い浮かべる。
もう少し強く言うか、笑ってしまうか。
今までにも、選べていたことだった。
その間の、少しだけ不満が残っている顔まで作りやすくなっていた。
声を強くしなくても、視線と息の残し方で変わる。
俺はもう一度、同じ台詞を言った。
嫌そうにしながら、相手に笑われるとつられてしまう。
その程度の変化も、顔全体を大きく動かさずにできた。
(おお。これ、近くで撮ってもらいたい)
木曜日が、さっきより楽しみになった。
*
台本を閉じ、鍵盤の前へ座った。
こちらにも、使いたい技能があった。
【鍵盤演奏 Lv.0 → Lv.1:1ポイント】
【鍵盤演奏 Lv.1 → Lv.2:1ポイント】
二点で、二段階。
歌唱や演技に上げるときとは、値段の感じがずいぶん違う。
これなら、試せた。
押す前に、一度だけ自分のメロディーを弾いてみる。
指を一本ずつ置き、音を探す。最初は覚えているが、続きを弾くところで、次の指が間に合わなくなった。
俺はそこで止め、二点を使った。
【鍵盤演奏 Lv.2】
【所持スキルポイント:36】
同じ場所へ、手を置き直す。
*
次にどの指を使うか、さっきよりわかった。
一本の指を急いで戻す代わりに、隣の指を使える。
鍵を押してから、次へ動こうとしなくていい。前の音を出している間に、準備できた。
自分のメロディーの最初を、止まらず弾けた。
俺は手を見た。
爪も、洗剤で少し荒れた指先も、変わっていない。
でも、ちゃんと弾いていた。
続きも、ゆっくりならつながる。
(いい。これは、かなりいい)
同じところを三回弾いた。
今度は、左手も添えた。
*
両手で小野さんのように弾けるわけではなかった。
左で簡単な和音を押し、右で短い旋律を弾く。
それでも、一つの音を探していただけのときより、ずっと曲らしく聞こえた。
途中で少し速くしたくなる。
速くしたら、右が先へ行きすぎた。
俺は笑って、元の速さへ戻した。
できる範囲まで遅くすれば、最後までつながる。
さっきは、その遅さでも、どの指を使うか迷っていた。
買った分は、はっきり効いていた。
鍵盤を机の手前へ引き、両足の置き場を直した。
このまま、もう少し弾いていたかった。
*
録音すると、鍵を押す小さな音まで入った。
スマホを少し離して置き直す。
きれいな音で残す方法までは、まだよくわからない。
今は、自分で聞き直せれば十分だった。
最初を弾き、声を重ねる。
自分が選んだ音を、自分の指で鳴らしながら歌っている。
鍵盤を見ながらでも、声は思った音へ伸ばせた。
伴奏のほうを急がなければ、歌い終わるまで止まらずに済んだ。
俺は、終わったところで録音を止めた。
すぐに再生する。
間違えた音は、一つあった。
それでも、自分で聞くにはかなりよかった。
(次は、そこも合うな)
もう一回、録音を始めた。
*
二時ごろ、ゲームの通知が出た。
また一つ、累計の桁が上がっていた。
報酬の二十一ポイントを受け取る。
残りは五十七。
昨日からずいぶん増えた。基礎倍率を次へ上げるには六十四点なので、もう少し貯めれば届く。
作曲を上げるかどうかも、また考えたくなった。
俺は、ひとまずゲームを閉じた。
今、弾きかけていたところを最後までやりたかった。
自分が音を作るよりずっと速く、工場がポイントの先の分を作っている。
以前なら、増えるところを見続けていたと思う。
今日は、鍵盤から手を離したくなかった。
*
夕方、明日の録音の資料を確認した。
仕事で歌うのは、石倉さんが作った『いつもの場所から』。
今日弾いていた自分の曲とは、別だった。
三本の広告で、同じ旋律の感じを少しずつ変えて使う。
俺は一度、朝の部分を歌った。
声は、思ったとおりに出た。
続けて夜の部分も確認してから、鍵盤の電源を切る。
もう一回くらい、自分のほうを弾こうか迷った。
明日の鞄を先に用意したら、戻ってこようと思った。




