第124話 両方、やってみたいです
月曜日の昼、ゲームを開いた。
昨日の上映会が始まるころから、買えるようになっていた項目がある。
【搬送比率の改良】
【必要キューブ:8垓】
プラントを八基まで増やして、開いたものだった。
自動購入の予約には入れていない。
せっかく大きく変わるので、数字が増えるところを見たかった。
俺は、設備欄を隣に開いた。
プラント八基。中枢五基。塔三基。
昨日の続きを、もう一日待つ必要はなかった。
買う。
所持キューブが減り、生産速度の表示が変わった。
【毎秒:約2,077兆】
さっきまでは、約一一五四兆だった。
ほぼ、一・八倍。
俺は机へ肘をつき、しばらく数字を見た。
(いいな。速い)
八垓を使った直後だから、残高は一垓もない。
それでも、減った分が戻り始めるのを見ると、買ってよかったと思った。
*
ポイントの欄も開いた。
【所持スキルポイント:2】
【作曲 Lv.1】
歌唱も演技も、この二点で次のレベルには上げられない。
作曲には使えるけど、今はそのままにした。
昨日、続きを考えかけた音がある。
まず一度、そこまで並べて聞いてみたかった。
録音の名前は、昨夜やっと変えた。
『自作メロディー01』
かなり普通だった。
ただ、何を入れた録音かは、あとで見てもわかる。
俺は最初の音を弾き、続きを声で足した。
最後を上げたものと、下げたものを、一回ずつ試す。
下げたほうは、また最初へ戻って歌いたくなった。
そちらだけ、録音へ残した。
*
昼食を終えたあと、店長から映画の感想が届いた。
『今見たよ。いつもの袋を渡す手で、ちゃんと違う人になってたね』
勤務中の俺を知っている人に、そう言ってもらえた。
俺は、スマホを持ったまま少し笑った。
接客の手は同じでも、宮下として見てもらいたかった。
ほかにも短く感想が書いてあり、最後に今日よろしく、とあった。
はい、よろしくお願いしますと返した。
夕方からは、本当に店で働く。
今日は、上映会の話もできそうだった。
*
二時過ぎ、川瀬さんから連絡が来た。
昨日の礼と一緒に、仕事の相談があると書かれていた。
今、電話できますか。
俺は机の上を少し片付けてから、できますと返した。
散らかっていても電話には映らないけど、台本や紙を置けるほうが落ち着いた。
「昨日はありがとうございました。疲れてません?」
「大丈夫です」
「よかった。別の制作の方から、久瀬さんのお話が出てまして」
川瀬さんが、企画の内容を教えてくれた。
このあたりに何店舗かある、生活用品の店の広告。
三か月、同じ人物の暮らしを、短い映像で続けて見せるらしい。
主人公は、一人暮らしの会社員だった。
朝、出かける前に物を探す。
帰ってから食事を作る。
休日に部屋を片付ける。
その中で、店にあるものを使う。
まだ、詳しい台本はこれからだと言われた。
*
「以前から、舞台と歌の映像を見てもらっていたんです。昨日の映画も見てくれて、久瀬さんに一度会えないかって」
「……俺に、ですか」
「はい。歌う声も含めて相談したいそうです」
俺はメモの手を止めた。
芝居だけではないらしい。
「同じ映像で、歌も使うんですか」
「今の案では。短い歌を入れたいと。曲は向こうで用意します」
机の端に、小さな鍵盤が見えた。
自分の曲を渡す話ではなかった。
それはわかっていたけど、歌もやれると聞くと、さっきより詳しく知りたくなった。
三か月、同じ人を演じる。
一度部屋を片付けた人が、次は何をするのか。
続きの役が、自分のところへ来るかもしれない。
俺はメモに、歌、と大きく足した。
*
「撮る日や、金額は」
自分から聞くと、川瀬さんが、これから相談だと答えた。
出演が決まったわけではない。
まず、企画を見て話せるかどうか、という連絡だった。
俺は予定表を開いた。
今度の日曜日には、文化館の定期公演がある。
今週の木曜日は、前もって決まった仕事は入っていなかった。
「資料を、先に見せてもらえますか」
「もちろんです」
「あと、木曜日なら話せます。向こうの方が、大丈夫なら」
川瀬さんが、確認してみますと答えた。
「芝居と歌、どちらかだけになる可能性もあるんですが」
「……両方、やってみたいです」
言ってから、少し喉が乾いた。
まだ、詳しいことも聞いていない。
でも、やりたいことは、それだった。
「わかりました。それも伝えておきます」
電話が切れたあと、俺は水を飲んだ。
(言ったな)
会社員、と書いた文字の下に、二本線を引いた。
*
三時ごろ、川瀬さんから、先に見せられる企画書が届いた。
打合せの日時は、まだ返事待ちだった。
俺は一枚目を開く。
朝の部屋で、鞄を持った男が、片方の靴下を探していた。
その下に、小さな収納箱の絵がある。
次の絵では、無事に両方履いた男が玄関を出ていた。
俺は、自分の床を見た。
椅子の足元に、昨日脱いだ靴下があった。
拾って、洗濯物の籠へ入れる。
(そこまで同じにしなくていい)
机へ戻って、次のページを開いた。
歌が入る予定の場所に、印がついている。
そこを指でなぞり、もう一度最初へ戻した。
今度は、この男がどんな声で話すのかを考えながら読んだ。




