↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
123/181

第123話 見たよ、が届く

 家に帰り、上着を椅子へ掛けた。


 まだ、五時を少し回ったところだった。


 映画の公開まで、一時間近くある。


 上映会でもらった紙を机へ置き、その横へ鍵盤を寄せた。


 今日、客席で聞いた笑い声を思い出す。


 自分で面白い台詞を足したところではなかった。


 宮下は、笑顔で道を塞いでいただけだ。


 それを見て、困ったやつだと思って笑ってもらえた。


 俺は鍵盤へ指を置いたまま、少しにやけた。


 (もう一回、あの席で見たいな)


 家でも同じ映画は見られるけど、隣にあの人たちはいなかった。


     *


 夕飯の支度をしていたら、六時になった。


 川瀬さんから、公開しました、と連絡が来る。


 俺は火を止めてから、スマホを持った。


 送られてきたページを開く。


 映画の画像の下に、再生する印があった。


 押すと、駅の入口が映った。


 家へ送ってもらった確認用のデータとは違う。今度は、このページを教えれば、ほかの人にも見てもらえる。


 田辺さんと俺の名前も、紹介のところに並んでいた。


 リンクをコピーし、藤崎さんと相原さんへ送る。


『映画、公開されました。二十分くらいです』


 店長にも、森野さんと小野さんにも送った。


 それから、もう一度再生した。


 売店へ場面が移るところで、鍋のことを思い出した。


 (飯を先にしろ。今日もう見たぞ)


 火を止めておいてよかった。


     *


 最初に感想が届いたのは、相原さんからだった。


 八時半を過ぎていた。


『見た。あの店員、最初すごく感じよかったのに、途中からどいてほしくなった』


 続けて、もう一つ届く。


『電話の相手には普通に腹立てるんだな。あそこ好き』


 俺はスマホを両手で持った。


 自分も好きなところだった。


 返事を打つ。


『ありがとうございます。そこ、やりたかったところです』


 送ると、すぐ既読がついた。


『だと思った。明るいやつ、またやってほしい』


 次の役の希望まで、もらえた。


 俺は、もう一度同じ文を読んだ。


 ゲームの数字が増えたときとは違うけど、これも、何度か見ていたかった。


     *


 森野さんからは、話す前の顔がよかった、と届いた。


 由衣が亮の名前を出したところらしい。


『笑ってるのに、一瞬だけ嫌そうになるの。あれ、近くで見るとわかるな』


 小野さんは、由衣が電話を受け取ってからのことを書いてくれた。


『弟さんの声を聞いてから、袋を持つ手の力が抜けるところ、好きでした。田辺さんにも、お伝えください』


 田辺さんへ、そのまま伝えていいか聞いてから送った。


 返事には、嬉しい、の文字があった。


 俺も短く返す。


 自分のところを褒められたわけではないのに、あの映画を一緒に見た話が続くのは楽しかった。


     *


 十時前に、公式ページをもう一度開いた。


 感想を書く欄に、短い文がいくつか増えていた。


『店員、絶対知ってるだろと思いながら見た』


 知らない名前だった。


 次の文には、姉が何を渡したかったのかわかってから、宮下の笑顔が気になった、とある。


 俺は、自分の出ている場面を思い浮かべた。


 ほかにも、雨上がりの駅が好きだという感想があった。


 全部に俺のことが書いてあるわけではなかった。


 それでも、誰の知り合いなのかわからない人が、この二十分を見てくれた。


 俺はページを閉じた。


 鍵盤の電源を入れる。


 十六秒のメロディーを、ゆっくり弾いた。


 最後の音まで行ったところで、スマホを見かけた。


 まだ、何も鳴っていなかった。


 (せめて一曲分くらい、待てよ)


 自分の曲は、それよりずっと短かった。


 続きを考えることにした。


     *


 藤崎さんから連絡が来たのは、日付が変わってからだった。


『帰った。今から見るね』


 俺は、まだ起きていた。


 急がなくても大丈夫です、と打ちかけて、やめた。


 今、見てもらえるのなら嬉しかった。


『ありがとうございます』


 それだけ返して、スマホを机へ伏せた。


 歯を磨く。


 水を飲む。


 明日の勤務を確かめる。


 そのあと、手持ち無沙汰になって、鍵盤の電源が切れているか見た。


 ちゃんと切れていた。


 通知が鳴ったときは、すぐ取った。


     *


『見たよ。久瀬くん、笑いながらあんなに困れるんだね』


 俺は少し笑った。


『最後に傘を思い出させるところ、好きだった。あの人、そこは忘れないんだって思った』


 そのあとに、もう一つ。


『次に会ったら、撮ったときの話、聞きたい』


 聞いてもらいたいことは、あった。


 棚の後ろが空だったことも、田辺さんと電話を渡すところを見直したことも。


 文字で全部送ると長くなりそうだったので、はい、と返した。


『明日、少し早く行きます』


 勤務の前なら、話せる。


 藤崎さんも、そのくらいに行くと返してくれた。


 予定表に、十七時半と入れる。


 今度は俺から、もっと聞いてほしいと思っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。