第123話 見たよ、が届く
家に帰り、上着を椅子へ掛けた。
まだ、五時を少し回ったところだった。
映画の公開まで、一時間近くある。
上映会でもらった紙を机へ置き、その横へ鍵盤を寄せた。
今日、客席で聞いた笑い声を思い出す。
自分で面白い台詞を足したところではなかった。
宮下は、笑顔で道を塞いでいただけだ。
それを見て、困ったやつだと思って笑ってもらえた。
俺は鍵盤へ指を置いたまま、少しにやけた。
(もう一回、あの席で見たいな)
家でも同じ映画は見られるけど、隣にあの人たちはいなかった。
*
夕飯の支度をしていたら、六時になった。
川瀬さんから、公開しました、と連絡が来る。
俺は火を止めてから、スマホを持った。
送られてきたページを開く。
映画の画像の下に、再生する印があった。
押すと、駅の入口が映った。
家へ送ってもらった確認用のデータとは違う。今度は、このページを教えれば、ほかの人にも見てもらえる。
田辺さんと俺の名前も、紹介のところに並んでいた。
リンクをコピーし、藤崎さんと相原さんへ送る。
『映画、公開されました。二十分くらいです』
店長にも、森野さんと小野さんにも送った。
それから、もう一度再生した。
売店へ場面が移るところで、鍋のことを思い出した。
(飯を先にしろ。今日もう見たぞ)
火を止めておいてよかった。
*
最初に感想が届いたのは、相原さんからだった。
八時半を過ぎていた。
『見た。あの店員、最初すごく感じよかったのに、途中からどいてほしくなった』
続けて、もう一つ届く。
『電話の相手には普通に腹立てるんだな。あそこ好き』
俺はスマホを両手で持った。
自分も好きなところだった。
返事を打つ。
『ありがとうございます。そこ、やりたかったところです』
送ると、すぐ既読がついた。
『だと思った。明るいやつ、またやってほしい』
次の役の希望まで、もらえた。
俺は、もう一度同じ文を読んだ。
ゲームの数字が増えたときとは違うけど、これも、何度か見ていたかった。
*
森野さんからは、話す前の顔がよかった、と届いた。
由衣が亮の名前を出したところらしい。
『笑ってるのに、一瞬だけ嫌そうになるの。あれ、近くで見るとわかるな』
小野さんは、由衣が電話を受け取ってからのことを書いてくれた。
『弟さんの声を聞いてから、袋を持つ手の力が抜けるところ、好きでした。田辺さんにも、お伝えください』
田辺さんへ、そのまま伝えていいか聞いてから送った。
返事には、嬉しい、の文字があった。
俺も短く返す。
自分のところを褒められたわけではないのに、あの映画を一緒に見た話が続くのは楽しかった。
*
十時前に、公式ページをもう一度開いた。
感想を書く欄に、短い文がいくつか増えていた。
『店員、絶対知ってるだろと思いながら見た』
知らない名前だった。
次の文には、姉が何を渡したかったのかわかってから、宮下の笑顔が気になった、とある。
俺は、自分の出ている場面を思い浮かべた。
ほかにも、雨上がりの駅が好きだという感想があった。
全部に俺のことが書いてあるわけではなかった。
それでも、誰の知り合いなのかわからない人が、この二十分を見てくれた。
俺はページを閉じた。
鍵盤の電源を入れる。
十六秒のメロディーを、ゆっくり弾いた。
最後の音まで行ったところで、スマホを見かけた。
まだ、何も鳴っていなかった。
(せめて一曲分くらい、待てよ)
自分の曲は、それよりずっと短かった。
続きを考えることにした。
*
藤崎さんから連絡が来たのは、日付が変わってからだった。
『帰った。今から見るね』
俺は、まだ起きていた。
急がなくても大丈夫です、と打ちかけて、やめた。
今、見てもらえるのなら嬉しかった。
『ありがとうございます』
それだけ返して、スマホを机へ伏せた。
歯を磨く。
水を飲む。
明日の勤務を確かめる。
そのあと、手持ち無沙汰になって、鍵盤の電源が切れているか見た。
ちゃんと切れていた。
通知が鳴ったときは、すぐ取った。
*
『見たよ。久瀬くん、笑いながらあんなに困れるんだね』
俺は少し笑った。
『最後に傘を思い出させるところ、好きだった。あの人、そこは忘れないんだって思った』
そのあとに、もう一つ。
『次に会ったら、撮ったときの話、聞きたい』
聞いてもらいたいことは、あった。
棚の後ろが空だったことも、田辺さんと電話を渡すところを見直したことも。
文字で全部送ると長くなりそうだったので、はい、と返した。
『明日、少し早く行きます』
勤務の前なら、話せる。
藤崎さんも、そのくらいに行くと返してくれた。
予定表に、十七時半と入れる。
今度は俺から、もっと聞いてほしいと思っていた。




