第122話 本人は、少し静かです
スクリーンの前には、椅子が四つ置かれていた。
司会の人と川瀬さんが先に座り、その隣に田辺さん、端に俺が座る。
膝の上でマイクを持った。
客席が、よく見えた。
映画を見ていた間は、ほとんど後頭部しか見えていなかった人たちが、今はこちらを向いている。
(さっきのままでよかったんだけど)
こちらも見たいと思っていたのは俺なので、顔を上げておいた。
*
司会の人が、順番に名前を紹介した。
田辺さんが挨拶をして、こちらへ顔を向ける。
「宮下を演じた、久瀬凪さんです」
俺はマイクを持ち上げた。
「久瀬です。今日は、ありがとうございます」
少し頭を下げる。
まず、声は出た。
「普段は歌やお芝居のお仕事をされていると伺いました」
「はい。今は、歌の入った舞台と、録音を」
「今回の宮下は、演じてみていかがでしたか」
予定にあった質問だった。
俺は、田辺さんを一度見た。
「……だんだん困ってくるところが、楽しかったです」
前のほうで、何人か笑った。
「最初は、笑って断れば帰ってもらえると思ってるんですけど。袋を置かれたあたりから、そうもいかなくなるので」
「逃げにくくなるんですよね」
田辺さんが言った。
俺はうなずいた。
「はい。そこを、早くやりたかったです」
選考で後半の台詞を読んだときから、撮ってみたかった。
話しているうちに、そのときのことを思い出して、口元が少し緩んだ。
*
川瀬さんが、撮影中の話をしてくれた。
商品を直しながら由衣の前へ残る動きは、俺が試したものだったと教えると、客席の人がうなずいた。
あそこで笑っていた人も、いるのかもしれない。
「久瀬さん、接客の手が自然なんです。ちゃんと助かるところも、少し困るところもあって」
「店で働いているので」
司会の人が、こちらを見た。
「売店ですか?」
「カラオケです」
「では、実際のお仕事も生きているんですね」
「……袋を先に開けるところは」
そこだけは、同じだった。
言ってから、お客さんの進路を塞ぐところまで含まれなくてよかったと思った。
田辺さんが隣で笑った。
「本当は、もっと静かな方なんですよ。撮影が終わったら、急に声が小さくなるから」
俺はマイクを、少し口へ寄せた。
客席からも、小さな笑い声がした。
(今も小さかったか)
*
印象に残っている場面を聞かれ、電話を渡すところと答えた。
司会の人が続きを待ってくれたので、もう少し話す。
「最初は、渡す前にもう少し台詞がありました。短くしてもいいか、川瀬さんに聞きました」
「由衣に、話してもらいたかった?」
「はい。俺が説明するより、電話を渡したほうが早い気がして」
田辺さんがうなずいた。
「でも、私が持つまでは待ってくれるんですよね。あれは、やりやすかったです」
俺は短く礼を言った。
準備していた話は、そこまでだった。
言い忘れていないか考えていると、川瀬さんが撮影した日のことを続けてくれた。
マイクを膝へ戻し、少し息を吐く。
隣の田辺さんが、小さくうなずいた。
たぶん、大丈夫だったらしい。
*
最後に、客席からの質問を受けた。
通路側に座っていた女性が、手を上げた。
「宮下さんは、あのあと、お姉さんと弟さんが仲直りしたか、聞くと思いますか」
俺は、少し考えた。
台本は、由衣が出ていくところで終わっている。
先の話は、川瀬さんから聞いていなかった。
「……聞くと思います」
川瀬さんを見てから、続ける。
「俺は、そう思ってやってました。あれだけ手伝ったので、どうなったかは知りたいです」
女性が笑った。
「そうですよね」
「あと、次に代わりを頼まれたら、先に全部聞きます」
今度は川瀬さんも笑った。
「宮下、そのくらいは学んでくれるといいですね」
客席へ目を戻すと、質問した人が、ありがとうございますと言ってくれた。
俺も会釈した。
あのあとの宮下まで、考えてもらえていた。
それがわかると、もう少し何か聞いてほしくなった。
司会の人が時計を見て、これで最後になりますと言った。
少し惜しかった。
*
四時前に会が終わり、俺たちは出口の近くで、帰る人へ挨拶をした。
さっき質問した女性が、足を止めた。
「最後の傘、よかったです。私まで忘れてました」
「……ありがとうございます」
「久瀬さん、で合ってますか」
「はい」
紙を見せながら聞かれて、うなずく。
「また、出ているものを見てみます」
女性は隣の人と一緒に、受付のほうへ歩いていった。
俺は、その背中へもう一度頭を下げた。
名前を覚えてもらえた。
あとで田辺さんに声をかけられるまで、口元を戻すのを忘れていた。
「いい感想、もらえた?」
「……はい」
もっと普通に喜んでいい場面だった。
俺は少し考え、付け足した。
「また見てくれるそうです」
「それ、嬉しいね」
うなずいて、鞄を取りに戻った。
帰りの電車でも、もらった紙は畳まずに持っておきたかった。




