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122/181

第122話 本人は、少し静かです

 スクリーンの前には、椅子が四つ置かれていた。


 司会の人と川瀬さんが先に座り、その隣に田辺さん、端に俺が座る。


 膝の上でマイクを持った。


 客席が、よく見えた。


 映画を見ていた間は、ほとんど後頭部しか見えていなかった人たちが、今はこちらを向いている。


 (さっきのままでよかったんだけど)


 こちらも見たいと思っていたのは俺なので、顔を上げておいた。


     *


 司会の人が、順番に名前を紹介した。


 田辺さんが挨拶をして、こちらへ顔を向ける。


「宮下を演じた、久瀬凪さんです」


 俺はマイクを持ち上げた。


「久瀬です。今日は、ありがとうございます」


 少し頭を下げる。


 まず、声は出た。


「普段は歌やお芝居のお仕事をされていると伺いました」


「はい。今は、歌の入った舞台と、録音を」


「今回の宮下は、演じてみていかがでしたか」


 予定にあった質問だった。


 俺は、田辺さんを一度見た。


「……だんだん困ってくるところが、楽しかったです」


 前のほうで、何人か笑った。


「最初は、笑って断れば帰ってもらえると思ってるんですけど。袋を置かれたあたりから、そうもいかなくなるので」


「逃げにくくなるんですよね」


 田辺さんが言った。


 俺はうなずいた。


「はい。そこを、早くやりたかったです」


 選考で後半の台詞を読んだときから、撮ってみたかった。


 話しているうちに、そのときのことを思い出して、口元が少し緩んだ。


     *


 川瀬さんが、撮影中の話をしてくれた。


 商品を直しながら由衣の前へ残る動きは、俺が試したものだったと教えると、客席の人がうなずいた。


 あそこで笑っていた人も、いるのかもしれない。


「久瀬さん、接客の手が自然なんです。ちゃんと助かるところも、少し困るところもあって」


「店で働いているので」


 司会の人が、こちらを見た。


「売店ですか?」


「カラオケです」


「では、実際のお仕事も生きているんですね」


「……袋を先に開けるところは」


 そこだけは、同じだった。


 言ってから、お客さんの進路を塞ぐところまで含まれなくてよかったと思った。


 田辺さんが隣で笑った。


「本当は、もっと静かな方なんですよ。撮影が終わったら、急に声が小さくなるから」


 俺はマイクを、少し口へ寄せた。


 客席からも、小さな笑い声がした。


 (今も小さかったか)


     *


 印象に残っている場面を聞かれ、電話を渡すところと答えた。


 司会の人が続きを待ってくれたので、もう少し話す。


「最初は、渡す前にもう少し台詞がありました。短くしてもいいか、川瀬さんに聞きました」


「由衣に、話してもらいたかった?」


「はい。俺が説明するより、電話を渡したほうが早い気がして」


 田辺さんがうなずいた。


「でも、私が持つまでは待ってくれるんですよね。あれは、やりやすかったです」


 俺は短く礼を言った。


 準備していた話は、そこまでだった。


 言い忘れていないか考えていると、川瀬さんが撮影した日のことを続けてくれた。


 マイクを膝へ戻し、少し息を吐く。


 隣の田辺さんが、小さくうなずいた。


 たぶん、大丈夫だったらしい。


     *


 最後に、客席からの質問を受けた。


 通路側に座っていた女性が、手を上げた。


「宮下さんは、あのあと、お姉さんと弟さんが仲直りしたか、聞くと思いますか」


 俺は、少し考えた。


 台本は、由衣が出ていくところで終わっている。


 先の話は、川瀬さんから聞いていなかった。


「……聞くと思います」


 川瀬さんを見てから、続ける。


「俺は、そう思ってやってました。あれだけ手伝ったので、どうなったかは知りたいです」


 女性が笑った。


「そうですよね」


「あと、次に代わりを頼まれたら、先に全部聞きます」


 今度は川瀬さんも笑った。


「宮下、そのくらいは学んでくれるといいですね」


 客席へ目を戻すと、質問した人が、ありがとうございますと言ってくれた。


 俺も会釈した。


 あのあとの宮下まで、考えてもらえていた。


 それがわかると、もう少し何か聞いてほしくなった。


 司会の人が時計を見て、これで最後になりますと言った。


 少し惜しかった。


     *


 四時前に会が終わり、俺たちは出口の近くで、帰る人へ挨拶をした。


 さっき質問した女性が、足を止めた。


「最後の傘、よかったです。私まで忘れてました」


「……ありがとうございます」


「久瀬さん、で合ってますか」


「はい」


 紙を見せながら聞かれて、うなずく。


「また、出ているものを見てみます」


 女性は隣の人と一緒に、受付のほうへ歩いていった。


 俺は、その背中へもう一度頭を下げた。


 名前を覚えてもらえた。


 あとで田辺さんに声をかけられるまで、口元を戻すのを忘れていた。


「いい感想、もらえた?」


「……はい」


 もっと普通に喜んでいい場面だった。


 俺は少し考え、付け足した。


「また見てくれるそうです」


「それ、嬉しいね」


 うなずいて、鞄を取りに戻った。


 帰りの電車でも、もらった紙は畳まずに持っておきたかった。


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