第120話 紹介文は、三行だった
木曜日の朝、映画の完成版と、上映会の案内が届いた。
再生時間は、二十分三十六秒。
俺は最後まで見てから、名前の出るところも確認した。
久瀬凪。
今度は止めずに、最後まで流した。
日曜日には、この版を見てもらう。
仕事の確認として気になったことを返し、公開用の案内を開いた。
映画の題名と、三本並んだ画像。
登壇者の欄にも、俺の名前が載っていた。
当日の集合場所と時間を、もう一度読んだ。
*
司会をする人からも、質問の予定が届いていた。
役を演じてみてどうだったか。
印象に残っている場面はどこか。
普段はどんな活動をしているか。
話したいことはあった。
ただ、長くきれいに話せるかと言われると、自信がなかった。
俺は紙を出し、電話を渡す場面、と書いた。
その下に、笑ってるのに困ってるところ、と足す。
書くと、少し落ち着いた。
ちゃんと答えたいのは、この二つだった。
事前の紹介文も、二、三行でほしいとある。
俺はスマホへ打ち始めた。
『久瀬凪です。カラオケ店で働いています』
一度、止まった。
間違ってはいない。
ただ、舞台と録音も、今はやっていた。
(そっちも書けよ。毎週、予定に入れてるだろ)
文を直す。
『久瀬凪です。歌と芝居の仕事をしています。宮下の気楽なところと、だんだん困っていくところを演じるのが楽しかったです』
長さを確かめた。
このくらいなら、送れた。
*
返事は、昼前に来た。
『ありがとうございます。ご紹介の際に使わせていただきます。当日は質問ごとに伺いますので、普段どおりお話しください』
俺は、普段どおり、のところを見た。
それで足りるのなら、かなり助かる。
ただ、「はい」で終わったら困るだろうとも思った。
机の紙を見て、小さく声にする。
「電話を渡すところが、好きです」
続けて、理由も言ってみた。
田辺さんが受け取るまで待てたこと。
短くしてもらった台詞が、使われていたこと。
そこまで言えば、何を気に入ったのかは伝わりそうだった。
俺は、二回目を言う前に紙を伏せた。
役の台詞ほど、同じように繰り返す必要はない気がした。
*
午後、公開用の案内を藤崎さんと相原さんへ送った。
日曜日の上映会と、その日の夕方からネットでも見られることを伝える。
相原さんは、その日は用事があるけど、公開されたら見ると返してくれた。
藤崎さんも、日曜日は勤務が入っているらしい。
『帰ったら見る。話すところも見たかったな』
その返事を読み、少し肩の力が抜けた。
見てほしいとは思っていた。
でも、話している間まで知っている人がいると思うと、それはそれで気になる。
(都合がいいな、俺)
映画のほうは、ちゃんと見てほしかったので、公開されたらもう一度送ると返した。
店長にも案内を送り、森野さんと小野さんにも知らせた。
本編の確認用データは、そのまま手元に置いた。
みんなと同じ公開ページを開くのは、日曜日まで待つ。
*
夜、鍵盤の前に座った。
自分で作った十六秒を、ゆっくりなぞる。
映画には、たくさんの人の名前が出ていた。
自分の録音の名前は、まだ『新しいの 三回目』だった。
並べて考えると少し笑えたけど、こちらも好きだった。
最初のところを、もう一度弾く。
間違えた音を直して、続きを声で足す。
日曜日の話す内容を気にするより、今はこっちをやっていたかった。
スマホを録音にして、机へ置いた。
今度こそ、もう少しわかりやすい名前で残そうと思った。




