第119話 もう終わり?
月曜日の午後二時、藤崎さんとカラオケの部屋に入った。
使うのは一時間。一人四百八十円だった。
夕方六時からの勤務には、まだ余裕がある。
俺は飲み物をテーブルへ置き、スマホを出した。
藤崎さんが、向かいへ座る。
「作ったって、曲?」
「……少しだけです」
「聞きたい」
もう、マイクを取るより先にそう言ってくれた。
俺は録音を開いた。
昨日までは、何度も自分で聞いていた。
なのに、再生する前になると、指が少し止まった。
(押せよ。聞いてほしくて呼んだんだろ)
押した。
*
スマホから、俺の鼻歌が出た。
最初のところを一度繰り返し、二回目の終わりを変える。
十六秒くらいで、終わった。
部屋が静かになる。
藤崎さんが、スマホを見た。
「もう終わり?」
「……はい」
「あ、ごめん。続くと思って待ってた」
俺はうなずいた。
短いことは、先に伝えたつもりだった。
でも、実際に誰かと一緒に聞くと、自分でも短かった。
「ここまでしか、なくて」
「うん。最初と同じところに戻るのかと思ったら、最後、ちょっと違ったね」
藤崎さんが、その音を小さくなぞった。
一つ、違った。
でも、俺が変えたところを歌おうとしてくれていた。
そこが嬉しくて、もう一度聞くかと尋ねた。
「いい?」
「はい」
何回でもよかった。
*
二回目は、藤崎さんも最後に小さく声を重ねた。
俺の作った旋律を、ほかの人が歌っている。
目の前で聞くと、少し変な感じがした。
自分の頭にあったものが、相手の声で聞こえてくる。
俺はスマホを持ったまま、しばらく藤崎さんを見た。
「……そこ、好きですか」
「うん。後ろが、ちょっと上がるところ」
「俺もです」
「作った本人だもんね」
笑われた。
(そうだけど。聞きたかったんです)
もう少し長くしてもいいかもしれない、と思った。
最初から全部違うものにするより、この好きな部分を残して、その先を作りたかった。
*
「歌詞も考えるの?」
藤崎さんが聞いた。
「まだ、考えてないです」
「どんな歌になるんだろうね」
俺も、わからなかった。
仕事の曲なら、何に使うかや、どんな映像に合わせるかを聞いている。
今回は、自分で気に入った音が先にできた。
これに何を歌えばいいのか、まだ思いつかなかった。
買った作曲の一は、その言葉まで決めてくれるものではなさそうだった。
「……まず、もう少し長くしてみます」
「できたら、また聞かせて」
「はい」
スマホを伏せた。
約束を一つもらえたので、もうかなり満足していた。
*
今度は藤崎さんが、選曲用の端末を取った。
『青いスニーカー』を入れる。
この前の歌会でも聞いた曲だった。
「今度、二番も急がないでいきたい」
藤崎さんが言った。
俺は、うなずいてマイクを渡した。
前奏が始まる。
藤崎さんは一番を歌い終え、間奏で画面を見ながら息を整えた。
二番に入る。
言葉が続くところを、前よりはっきり歌った。
俺は声を重ねず、聞いていた。
相手が試したかったところを、途中で俺が歌ってしまうのは惜しかった。
最後まで歌い終えると、藤崎さんはマイクを膝へ下ろした。
「今の、どう?」
「二番、聞きやすかったです。言葉の最後も」
「よかった」
藤崎さんが少し笑った。
俺も、もう一曲歌うことにした。
*
三時に部屋を出た。
お互いの飲み物を片付けていると、藤崎さんが、さっきの十六秒の終わりをまた口ずさんだ。
「残るね、これ」
「……ありがとうございます」
短く返した。
そのままでは足りない気がして、もう一度顔を上げる。
「続き、できたら持ってきます」
「うん」
俺は鞄へスマホをしまった。
自分では、続きを作りたいと思っていた。
次は、それを待ってくれる人もいる。
帰ったら、また鍵盤を触りたかった。
ただ、今日は先に店の勤務があった。
(先に終わらせる仕事が、ちゃんとあるな)
駅前で少しゆっくりしてから、店へ向かうことにした。




