第12話 別の曲も歌える
三日後、洗濯機を回してからゲームを開いた。
朝十時。カラオケの予約は二時なので、それまでに洗濯物を干して、昼食を済ませておけばいい。
その前に、百兆の買い物だ。
【所持キューブ:108,777,414,138,044】
貯まっている。
仕事へ行き、食事を作り、普通に寝ている間に届いた。途中で合成ユニットを買わずにおいた分も、ちゃんとここに残っている。
【複製工程の効率化】
【必要キューブ:100,000,000,000,000】
購入すると、複製プラントの生産量が二倍になった。
【生産速度:386,848,256/秒】
一秒に三億八千六百八十四万ほど。
残高は八兆余りまで減ったが、増える速さを見ていると、買ってよかったとすぐにわかる。プラントがもう一基手に入ったのと同じだけ増えていた。
そのうえ、次に買う一基にも効く。
いい買い物だった。
二基目の百六十兆まで、どれくらいかも確かめた。三人で練習する日の朝には買えそうだ。出かける前にこれだけ増えれば、その日一日、気分がいいと思う。
先の買い物まで楽しみになって、実績を開いた。
【累計100,000,000,000,000キューブ生産】
【スキルポイントを10獲得しました】
累計の百兆は、先に達成していた。途中で設備に使ったキューブも数えるので、手元に百兆貯まるより早い。
報酬を受け取ると、十六点になった。
【歌唱 Lv.5 → Lv.6】
【必要スキルポイント:8】
買える。
今日はこっちも買っていい日だった。洗濯機の音を聞きながら、購入ボタンをしばらく見た。
今上げたら、たぶん声を出して確かめたくなる。
でも、隣の部屋には人が住んでいる。
(防音さえあればなあ)
家賃を思い出して、二時まで待つことにした。
*
店の受付を済ませると、四番の伝票を渡された。
廊下の番号を確かめて入る。壁際のソファへバッグを置き、水筒とスマホをテーブルに出した。
借りたのは一時間だ。
選曲用の端末を手元へ寄せ、先にゲームを開く。
【歌唱 Lv.5 → Lv.6】
【必要スキルポイント:8】
今度は、すぐに押した。
【歌唱 Lv.6】
【所持スキルポイント:8】
喉のあたりに手を当てる。いつもと変わらない。
買った瞬間には、何も感じないのだった。
(八点も使ったんだから、もうちょっと何かあってもいいだろ)
マイクを取り、『帰り道』を入れた。スマホの録音も始める。
最初は、小さめの声で歌ってみよう。
*
一行目を歌ったところで、もう違いがわかった。
声を抑えても、言葉の終わりまで音が残る。ここから少しずつ強くしていけば、サビで一番大きくできる。
思ったとおりに声を広げていった。
高いところを伸ばす。息を押し出さなくても、十分に響いた。そのまま、最後だけ細くしてみる。
音が残った。
細くしても、高さが変わらない。これまでなら息だけになっていた最後の短いところを、声のまま続けられた。
次の一言は、静かに入れた。
強く出した直後なのに、かすれない。さっきの勢いのまま大きくなってしまうこともなかった。
おお。
声を出しながらなので、口にはできなかったが、かなりはっきり思った。
ここをこうしたい、と思うと、本当にそうなる。
一番を終え、録音を止めた。歌い出しの少し前まで戻して再生する。
自分の声が流れた。
俺はスマホを持ったまま、少し前かがみになった。
うまい。
いや、自分で言うのもどうかと思うけど、今のはよくないか。
声を小さくしたところも、ちゃんと言葉が聞こえる。そのあと強くしていくので、サビだけ急に大声になった感じもしない。
最後まで聞き、気に入ったところへ戻した。
もう一度、同じ声が流れる。
いいな。
スマホを置いたあとも、少し顔が緩んでいた。一人で借りてよかった。藤崎さんがいたら、こんなに続けて自分の声を再生するのはためらったと思う。
*
次は『四月の傘』を選んだ。
この三日間で何度か聞いたので、曲の流れは覚えている。ただ、歌詞を見ずに歌えるほどではない。
前奏を聞きながら、画面へ顔を向けた。
重なった声の一部は、カラオケにも入っている。俺が歌うところの文字が出てきたので、息を吸った。
『帰り道』より低い音が続く。
原曲の人の声を思い浮かべかけたが、無理に似せなくてもよさそうだった。自分の出しやすい声で続けると、低いところでも言葉がはっきりした。
サビの手前で、旋律が上がる。
聞いていたときには気にしていなかった音の動きが、歌うとわかった。ここへ持っていけばいいのか、と思うと声が届く。
次も歌えた。
『帰り道』だけではないのだ。
歌いたいと思って選んだばかりの曲が、もう歌えている。
先の歌詞を読みながら、もう少し静かにしたいところを選ぶ余裕もあった。
二番に入る。
佐伯さんが好きだと言っていたところだ。同じような高さの言葉が続き、最後だけ長く残る。
少し声を伸ばすと、そのあとに入る鍵盤の音がよく聞こえた。歌会では佐伯さんがそこを弾いていた。
あれを、もう一度聞きたい。
そう思いながら、自分でも最後まで歌った。
録音では一か所だけ、言葉の出だしが遅れていた。画面の次の行を読むのが遅かったところだ。歌詞まで勝手に覚えてくれるわけではないらしい。
そこを確かめ、もう一度入れた。
今度は、思っていたところで歌い始められた。あとは最後まで気持ちよく続いた。
マイクを膝へ置き、選曲用の端末を見る。
ほかの好きな曲も、いけるのでは。
あれも歌いたいし、あの高い曲も試したい。曲名を検索しかけ、部屋の時計を見た。
残り二十分ほど。
(足りない。全然足りない。二時間にしろよ、予約したときの俺。歌いたい曲なんか山ほどあっただろ)
*
次の曲を入れる前に、予選の終わり方を試すことにした。
今日は、そのためにも来ていた。
相原さんにもらった紙を出し、『帰り道』へ戻る。最後の音を、歌会のときと同じように残してみた。
やはり、少し遅かった。
俺がまだ歌っているところへ、次の伴奏が入ってくる。そこで慌てて声を切ると、気に入っていた終わり方ではなくなる。
一度止めて、手前から聞き直した。
最後の言葉へ入るまでには、もう少し時間がある。ここを少しだけ早く進めば、終わりの音を長く残せそうだった。
もう一度、歌う。
前の言葉を丁寧に切り、次へ入る。最後は高さを保ったまま、声を小さくしていった。
消えたあとに、伴奏が入った。
これならいい。
ギターのときと、ぴったり同じ間ではない。でも、急に終わった感じはしなかった。
録音で確かめ、最初から一コーラス通す。
同じようにできた。
気分よくマイクを下ろしたところで、終了十分前の電話が鳴った。
「……はい。わかりました」
受話器を置き、水を飲む。
もう一回なら歌えるが、せっかく決まった録音を残しておきたい。スマホを取り、二つ保存した。
一つには、『帰り道 予選用』と名前をつける。
予選用。
少し迷ってから、そのまま確定した。この歌い方で出たいと思えたので、そう書いておいていい。
*
フロントで精算を済ませると、午後三時だった。
まだ、こんなに明るい。
一時間でかなり歌ったし、聞き直した。バッグにしまったスマホを出せば、好きなところをもう一回聞ける。
店の前でイヤホンを出しかけたが、やめておいた。家へ帰ってからでいい。さっきから自分の歌を、気に入りすぎている。
帰りにスーパーへ寄ると、三人のグループに連絡が来た。
『次の練習、最初に一回ずつ本番の長さでやろうか』
藤崎さんからだった。五日後の練習だ。
『お願いします。最後のところ、決まりました』
返信すると、『聞くの楽しみ』と返ってきた。
俺も聞いてほしい。
そのまま返すには少し照れるので、スマホをしまった。
精肉売り場で、いつもと違う夕食に使えそうなものを見つけた。今日はまだ時間があるし、料理も少し試してみよう。
歌がうまくいっただけで、夕飯まで楽しみになっていた。




