第114話 置く場所は、あとで考えた
月曜日の昼、口座に七万六千円が入っていた。
昨日の二公演で、四万二千円。
『手のひらのつづき』の録音で、三万四千円。
石倉さんから、動画も使われ始めたと連絡が来ていた。
ページを開くと、木を削る手と、自分の声が出てきた。
三十秒で終わる。
もう一度、見る。
器を受け取る手が動き、その少しあとで俺の声が明るくなった。
選んだほうの歌い方だった。
俺はスマホを置いてから、結局もう一度持った。
(いいな。これ)
自分が気に入っていたものを、そのまま使ってもらえていた。
*
同じ日に、相原さんから歌会の連絡が来た。
『今度の日曜、二時から四時。前の音楽室、取れたそうです。久瀬くん、どう?』
市民センターの二階。
前に佐伯さんの鍵盤で『四月の傘』を歌った場所だった。
日曜日の予定を見る。
次の舞台は、まだ先だった。今の基本の勤務も、月曜、水曜、金曜になっている。
行ける。
そのまま返事をした。
『参加したいです。お願いします』
しばらくして、藤崎さんも行けると返してきた。
また三人で会えることになった。
相原さんは、前と同じ六人、一人四百円だと教えてくれた。
何を歌うか考える前に、もう日曜日が楽しみになっていた。
*
木曜日には、映画の七万二千円も入った。
制作担当へ受領の返事をしてから、俺は駅前へ出かけた。
買いたいものがあった。
小さな鍵盤だった。
舞台で小野さんが、曲の気になるところだけ弾いてくれることがある。石倉さんも、説明するより先に二つの音を鳴らして、どちらがいいか聞く。
自分でも、ああやって音を出してみたかった。
弾きながら歌えたら楽しそうだとは思う。
そこまでできるかは、別だった。
売場の端に、持ち運べる大きさのものが並んでいた。
触ってよいか聞いてから、白い鍵を押す。
スピーカーから音が出た。
隣を押すと、少し高い。
知っている曲の出だしを、指一本で探した。
歌うならすぐ出る音なのに、指を置く場所では少し迷う。
高く行きすぎて、一つ戻った。
(声なら今ごろサビまで行ってるぞ)
それでも、合った音が出るのは面白かった。
*
値札を見る。
八千八百円。
音が出るのに必要なものは、本体に入っている。机に置き、電源をつなげば使えるらしい。
俺は、大きさをもう一度確かめた。
これなら、持って帰れそうだった。
小さいスピーカーと、音量のつまみも見る。
家で鳴らすのだから、大きい音は要らない。前に買った有線イヤホンも使えると教えてもらった。
もう、かなり欲しかった。
「……これ、お願いします」
箱に入れてもらい、会計を済ませた。
出口へ向かう途中で、弾き方の本が目に入る。
一冊買い足しかけて、手を止めた。
まず、家で鳴らしたかった。
帰ってからも欲しかったら、今度買うことにした。
*
部屋へ戻って箱を開けると、思っていたより場所を取った。
机には、台本と、ゲームをしながら飲んでいたカップがある。
鍵盤を置くと、肘を置くところがなくなった。
(持って帰れるかより、こっちを考えろよ)
カップを台所へ運び、台本を棚へ移した。
ようやく、正面に座れた。
電源を入れ、音量を下げる。
白い鍵を押した。
自分の部屋で、さっき売場で鳴らした音が出た。
もう一つ押す。
今度は、二つ同時に押してみる。
少し嫌な響きになった。
片方の指をずらすと、落ち着いた音に変わる。
俺は同じ組み合わせを、何度か押した。
イヤホンを出してつなぎ、また鳴らす。
耳の近くで聞くと、長く残るところもよくわかった。
今の音の上で、少しだけ声を出してみた。
歌の途中にありそうな感じがした。
俺は鍵盤から手を離して、もう一度押した。
さっきと同じ音が出る。
この続きに何を置いたらいいのか、気になった。
夕飯の時間には、まだ早かった。
箱の片付けは後にして、椅子をもう少し前へ寄せた。




