第105話 待つ日を、八日減らす
火曜日の昼、短編映画の台本を最後まで読んだ。
読み終わってから、宮下が最初に出てくるページへ戻る。
駅の売店。閉店まで、あと三十分。
友人の代わりに店へ立っている宮下は、客に袋が必要か聞いていた。その少しあとに、友人の姉が来る。
俺は机の紙コップを、手前へ引き寄せた。
「袋、お付けしますか」
声に出してみる。
普段のカラオケ店より、明るい声になった。
こちらから聞いて、相手が断りやすいところで返事を待つ。宮下は店に慣れている人ではないけど、誰に話しかけるのも苦にならない人らしい。
そこは、ずいぶん俺と違った。
俺なら、欲しいものはまとめて言ってもらえると助かる。袋、箸、温めるかどうか。できれば一度に頼みたい。
(選択画面を出してくれ)
相手が紙コップのままでは、何も返ってこなかった。
*
宮下の友人は、片山亮という。
別の県にある料理店で、住み込みで働くことになった。家族と揉めたまま家を出て、宮下には、姉が来ても行き先を知らせないでくれと頼んでいる。
その姉の由衣が、売店を訪ねてくる。
手には、大きな布の袋。
弟が忘れた包丁のケースと、弁当が入っていた。
俺はそこを読み、前のページへ戻した。
料理をしに行くのに、包丁を忘れたらしい。
(戻れよ。出発前に)
たぶん、この人もかなり慌てていた。
宮下は、姉が弟を連れ戻しに来たと思っている。だから、弁当の話が出ても、まだ素直には受け取れない。
最初の場面だけ読んだときより、返事をしにくくなった。
俺は紙コップへ向かって、もう一度言った。
「今日は、戻りません」
突き放しすぎないようにする。
帰ってほしいけど、怒らせたいわけではない。あまり居心地がよくても困る。
言い終わってから、コップを少し遠くへ押した。
(面倒な店番を引き受けたな、お前)
この続きを、人を相手に試してみたかった。
*
採用された場合の撮影日は、再来週の水曜日と木曜日だった。
二日とも、朝九時から夕方五時まで。
水曜日の店の勤務を動かせるか、店長に相談した。
まだ選ばれていないことも、先に書いた。
返事は、しばらくして届いた。
『前日の火曜に入れるなら調整できそう。決まったら早めに教えてね』
火曜日の予定を見る。
空いていた。
礼を返し、予定表へ小さく書き足す。選考を受ける前から全部の用意をするのは、少し気恥ずかしかった。
ただ、選ばれたあとで行けないと言うほうが嫌だった。
出演料は、読み合わせと二日間の撮影、交通費も含めて七万二千円。
もう一度、その欄を見た。
役はやりたい。
七万二千円も、欲しい。
どちらを先に考えたかは、応募の理由に書かなくてよさそうだった。
*
金曜日の昼、ゲームの設備欄で指を止めた。
中枢が五基になってから、選べる改良が一つ増えている。
【中枢並列制御】
【価格:4垓キューブ】
【中枢の出力係数:4 → 6】
中枢から塔へ送る分を増やす改良だった。
新しい中枢を買わなくても、今ある五基が全部強くなる。このあと増やす分にも効く。
所持キューブを見る。
四垓を、越えていた。
買える。
ただし、プラントの八基目のために貯めていた分は、ほとんどなくなる。
俺は、予約している設備の値段を確かめた。
そのまま貯めるなら、あと三十七日ほど。
今日この改良を買って、増えた生産で貯め直すなら、あと二十九日ほどだった。
暗算だけでは心配だったので、スマホの計算機でも確かめた。
八日くらい早くなる。
それなら、買いたかった。
所持額が大きく減るのは惜しい。でも、毎日眺める数字の増え方が変わるほうが、俺は好きだった。
購入する。
【中枢並列制御:購入済み】
【生産速度:約1,038兆/秒】
さっきまで、六百九十二兆ほどだった。
所持額の桁は減ったのに、下の数字は勢いよく動いている。
俺は椅子の背から、少し体を起こした。
(うん。これだよ)
もう一つ何か買えないかと、設備欄を下へ送る。
買いたいものは、どれも高かった。
(急に冷静な値段を見せるな)
プラント八基までの予約を残し、画面を閉じた。
スキルポイントは、三のままだった。今回の買い物では増えないし、演技の八も買えない。
でも、七で試したいことは、まだ残っていた。
台本を手元へ寄せる。
月曜日は、コップではなく人が返事をしてくれる。
楽しみだった。
相手がこちらを見て、黙ったらどうしようとも思った。
俺は一度、空のコップを見た。
黙っている相手の練習には、十分すぎるほど付き合ってもらっていた。




