第102話 次の仕事は、歌がない
月曜日の昼、二つの入金を確認した。
定期公演の初回と準備料で、六万円。
『窓ぎわの席』の録音で、五万四千円。
合わせて、十一万四千円だった。
俺は、口座の画面をしばらく見た。
昨日、一日に二回歌ったことも、先週の録音も、ちゃんとここへつながっている。
(増えたなあ)
相変わらず、こういう数字は好きだった。
*
石倉さんからは、曲が使われ始めた連絡も届いていた。
施設の公式ページを開く。
窓際へカップを置く映像と、自分の声が流れた。
十秒のものだった。
最後の言葉まで、確認したとおりに入っている。
俺は一度聞いてから、返事をした。
録った曲の仕事は、これで実際に使われるところまで終わった。
次は、三週間後に録音する、手仕事の催しの歌がある。
そちらの三万四千円は、まだ受け取っていない。
舞台も、あと二日分の八万四千円が、その先に残っている。
俺は、終わった仕事と、これから行く仕事の欄を分けた。
入る予定の金額まで、今あるお金のつもりでゲームを買うのは、さすがに違う。
(そこは、間違えるなよ)
頭の中の工場でも、まだ貯まっていない分は使えなかった。
*
安西さんからも、昨日の報告が来た。
昼が四十二人、夕方が四十八人。
前に見た人からは、新しい曲も聞けてよかったという感想があり、初めて来た人からも、二人の話が面白かったと言ってもらえたらしい。
俺は、夕方の客席を思い出した。
椅子を二つ出すところで、笑ってくれた。
歌う前の動きだけでも、前の話から変わったことが伝わった。
それが嬉しくて、メッセージをもう一度読んだ。
その下に、別の話があった。
『別の制作チームから、短編映画の選考案内を預かっています。久瀬さんも、内容を見てみますか』
俺は、少し背筋を伸ばした。
新しい仕事の相談だった。
*
案内を送ってもらった。
題名は、『雨のあと、改札で』。
二十分ほどの短編映画で、駅の売店を舞台にするらしい。
募集している役の説明を見る。
宮下。
急に休んだ友人の代わりに、一日だけ店へ立つ青年。
閉店間際、友人を訪ねて人が来る。
行き先は知っているが、本人から話さないでほしいと頼まれている。
俺は、次のページを開いた。
歌の指定は、なかった。
台詞のやり取りと、相手を見るところが続いている。
いつものように歌の位置を探した指が、途中で止まった。
(今回は、ないんだ)
少し残念だった。
でも、そのまま閉じる気にはならなかった。
*
見本としてついていた短い場面を読んだ。
宮下は、最初は普通に接客する。
客が友人の名前を出したところで、少しだけ手が止まる。
それを隠して、明るく返す。
『今日は、戻りません』
相手が、宮下を見る。
『知ってるんですね』
俺は、少し顔を上げた。
何を知っていると思われたのか。
今の言い方の、どこで気づかれたのか。
それを考えながら返す役だった。
レンとは、少し違う。
俺はページの下まで読み、また最初へ戻した。
*
安西さんへ、返事を送った。
『内容、ありがとうございます。台本の場面、もう少し読んで考えたいです』
すぐに出演が決まるわけではない。
希望者の中から、実際に演じてもらって選ぶ。
会える日と、採用された場合の撮影候補も、案内に載っていた。
俺は、勤務の予定と並べた。
日付を見るだけだったつもりが、気づくと、どう動けば間に合うか考えていた。
やってみたい気持ちが、もう出てきていた。
スマホを置き、さっきの一言を、小さく読んだ。
「今日は、戻りません」
明るく言うと、そのあと相手に見つめられるのが、少し怖い台詞だった。




