第6話 墓
その日の夕方、村の墓地を訪れた。
帳簿に「処分済」とあった名前をいくつか手帳に書き写していた。その名前の墓が、ここにあるかもしれない。墓石を一つずつ見て回った。
古い墓が多い。風化して文字の読めないものもある。けれど一角で足を止めた。
比較的新しい墓石が並んでいた。その一つに見覚えのある姓が刻まれていた。
『神崎家之墓』
澪と沙月の家の墓だ。その前に立った。墓誌を見た。何代にもわたる先祖の名が刻まれていた。けれど最後のほうに奇妙な記載があった。
神崎澪。没年——空欄だった。失踪したまま、死亡が確定していないからだろう。
その隣に、もう一つ、名が刻まれていた。
『神崎蒼』
あおい。放送が呼んでいた名。息を呑んだ。墓誌に、その名が確かに刻まれていた。けれど——その文字は後から、ノミか何かで削り取ろうとした跡があった。半ば消されかけた名。没年は空欄。
神崎蒼。神崎澪。同じ年に生まれていた。生年が、同じ。
双子だ。澪には双子の兄弟がいた。神崎蒼。村が存在を消そうとした少年。写真から顔を削られ、墓誌から名を削られ、記録から抹消された、もう一人の子ども。匿名のメモが言っていた「もうひとり」とは、蒼のことだったのだ。
私が探すべきだったのは澪ではなく、蒼。
墓石の前に小さな卒塔婆が一本、立てかけられていた。新しいものだ。誰かが最近、ここを訪れている。卒塔婆の裏に何か書かれていた。墨で。
『加害者は、知っている』
加害者。
その三文字を見た瞬間、また頭痛が襲った。これまでよりも激しい。膝をついた。目の奥が灼け、耳鳴りが渦を巻いた。断片的な光景が堰を切ったように流れ込んできた。
崖の上だ。夕暮れだ。祭りの太鼓の音が遠くから聞こえていた。子どもが一人、前に立っていた。後ろ姿。痩せた肩。短い髪。子どもは振り返ろうとしていた。
私の手が、その背を——
光景は途切れた。
墓地の地面に四つん這いになっていた。汗が額から滴る。心臓が痛いほど打っていた。
崖。子ども。私の手。
見たものは何か。記憶なのか。それとも頭痛が見せた幻覚なのか。必死に否定しようとした。あれは私の記憶ではない。ただの調査者だ。二十年前、ここにいなかった。いるはずがなかった。
けれど卒塔婆の文字が見えた。
『加害者は、知っている』
もし私が、その加害者だとしたら。
よろめきながら立ち上がった。振り返ると、沙月が立っていた。墓に向かって手を合わせていた。気づいていないようだった。やがて手を下ろし、墓石に向かって小さく何かを呟いた。風に乗って、その声の切れ端が耳に届いた。
「もう少しで、わかるから。あの人が、思い出せば」
あの人。私のことだ。彼女は私が思い出すのを待っている。何かを。彼女自身が知らない、何かを。私の中にしかない記憶を。




