第二話 私の青空
父の打診を受けた娘の動きは速かった。
時間的猶予も余りなさそうだと踏んでいたこともあるが、何より自身の身の振り方に関わる問題なのに、判断材料が足りていなかった。
『家』の都合が先に来ているせいで、あまり大っぴらにも動けない。
断るにせよ、受けるにせよ、とにかく情報が欲しい。その思いが娘を突き動かしていた。
父の話では、この件を知っているのは、自分の他には、話を持ってきた当人である、ベイローレル――長屋が社長を務めている会社――の総務部長と父の三人だ。
家族やそのツテは使えない。さりとて父のような広範な人脈はない。
自分の知人、友人を辿っても、今必要な情報が得られそうな人といえば、南方日報社に友人はいる。ただ本社の内勤だから、得られるのは南方日報社の人事とかそういう情報で、この街にはあまり関係はなさそうだ。
そこまで考えて、いやとりあえず当たるだけ当たろう、と考え直した。
何と言えば良いだろうか。ストレートに水本支局の人を紹介してほしいと言うべきか。
色々苦しい言い訳を考えなければなさそうだ。
娘は娘なりに、考えながら動いていた。
だが意外にもあっさりと、情報を得る手がかりを掴んでしまった。
娘娘の考えは当たらずとも遠からずだった。南方日報社にあたるまでは合っていた。
答えは自宅にあった何日か前の新聞にあった。
その日の一面写真は『「大切な何か」を亡くしたのであろう女性』だった。その写真が妙に心に残っていたので別で保管してあった。ただ記事までは読んでいなかった。
被害を伝える記事が生々しくて、まだ読むには心の準備が出来ていなかった。
だがその時はなんとなくその日の新聞に手が伸びた。そして写真を目にしたあと、撮影者の名前と所属に目をやった。
水本支局特派員、T.クライスタール。
そこでは何も感じなかった。外国人記者も取材しているのか、その程度だった。
だが新聞一面左下の記者コラムにも同名を見つけてからは、速かった。
そのコラムには普段であれば記事にするほどのことでもない、ほっこりエピソードが書かれていた。
その日は被災地での取材の中であったエピソードが書かれていて、そしてその新聞――南方日報にはエピソードよりも大事な情報が書かれていた。
「私は今、ベイローレルという会社を間借りして拠点としている。快く貸してくれたことは、大変な時こその助け合い精神の一端だろうか」と。
その記事を目にした数瞬後には、南方日報社水本支局に電話していた。
見つけた。
クライスタールという記者に会いたいと。
水本の名前を前面に出した。
理由を聞かれても、『家』の事情だ、で押し切った。
『家』を使ってでも、チャンスを逃したくなかった。
相手はどう思うだろうかなどの気遣いは、すっぽ抜けていた。
とにかく今にも切れそうな細い糸で繋がった機会を、強く、強く引き寄せていた。
そうして、その日のうちに会う約束を取り付けた。
「お初にお目に掛かります。わたくし、水本鏡花と申します。本日は不躾なお願いを聞き入れてくださり感謝いたしますわ」
夕方、早めに取材を切り上げて、一足先に駅近くの喫茶店「さくら」の窓際の席で待っていたタバサは面喰らっていた。
若手のキャリアウーマンと箱入りのお嬢様を足して二で割ったような、物腰柔らかな印象の目の前の人物と、午前中の鬼のように苛烈な押しの強さが結びつかなかった。
「……あ、え、あぁっと、南方日報社水本支局で特派員をやってます、タバサ・クライスタールです……。本業はカメラマンですが、今は記事も書いています……」
タバサは困惑しきっていて、言葉も多少覚束なかった。
「貴女の撮った写真、新聞で拝見いたしましたわ。被写体の方の思いが伝わるような非常に心に残る写真でしたので、強く印象に残っていましたの」
「それはどうも……」
「タバサさんの本業はカメラマンということでしたけれど、この街にいらっしゃる以前は政変からアフリカの自然まで幅広く取材していらしたそうですわね」
「ええ、まぁ……」
「しかも、報道カメラマンに転身される前は、母国の外務省にお勤めだったとか。新たな夢へ、悩み抜いてチャレンジなさるその姿、尊敬いたしますわ」
「いえ、大したことでは……」
「この国にも留学経験がおありと伺っておりますわ。やはり報道カメラマンをやる上では、国際感覚と語学力が重要ですのね」
「いえ、やりたいことが見つからず、フラフラしていただけですから……」
最初の衝撃のまま次々に繰り出される話題に圧倒されて、タバサは頭が追いついておらず、どうしてそんなに自分のことを調べているのか、そんな疑問すら挟めなかった。
もはや、クモに絡め取られる虫はこういう気分なのだろうか、と場違いな感想しか出てこなかった。
そして絡め取られた先には、ある意味今一番気まずい本題が待ち構えていた。
「話は変わりますけれど、今タバサさんが拠点を置かれている会社、ベイローレルですわ、あの会社はもう終わりですの?」
急展開する話題について行けず、完全に置いてけぼりを食らっていて、最初は何を言っているのか分からなかった。
「……え、えぇっ!」
だから素頓狂な声を上げたのはやむを得ないのかもしれない。
「ですから、ベイローレルは終わりなのか、と伺っているのですわ」
鏡花の声が、打って変わって低いものとなる。
「いや、終わりも何も、何の話だか私にはさっぱり……」
「では、質問を変えますわ。タバサさんから見て、ベイローレルという会社の現状、どう見えますの?」
やっとタバサの頭が追いついてきたが、意図が分からなかった。
ええっと、そうですね、と言いながら自分の見聞きした物を整理しながら話す。
「どのような答えを求めているか分かりませんが、少なくとも一部とは言え鉄道の運転再開を果たして、一歩ずつ前に進んでいるとは思います。色々とあるようですが、概ね悪くない進捗なのではないでしょうか」
そこまで言って、やっと疑問が生まれた。
なぜこの人は、そんなことを知りたいのだろう、と。
今度はタバサが質問する番だった。
「一つ水本さんにお伺いしたいことがあります」
「この街には水本ばかりなので、わたくしのことは鏡花とお呼びくださいな」
鏡花は余裕の微笑みで、タバサの質問を待ち構える。
「……鏡花さんは何者ですか?いえ。良い者ですか、それとも悪者ですか?」
鏡花は顎に手をやりしばし考える。
その姿からは何かの意図を読み取れなかった。
「そうですわね、どの立場から見るかによりますわ。そしてこれからそのどちらになろうか考えている、ではどうでしょう」
「……では、私から見たベイローレル社内を伝えることが、鏡花さんの見方を変え、そして鏡花さんの身の振り方のみならず、一企業をも左右すると?」
「そうとも限りませんわ。あくまで、社内に居ながら外からの目で観察している方の意見を伺いたいだけです。好奇心、と言えばよろしいのかしら……。まぁ、そのようなところです」
それにと、続けて、
「モノの見方なんて人それぞれですわ。好きなように切り取って、好きなように見る。見えないものに気づける方は、ごく少数。本当は、光の当て方次第ですのに」
そこまで言うと、鏡花は少し遠い目をした。
「本質とは何か、考えさせられますわね……」
タバサには未だ鏡花という人間が掴めなかった。
「誤解なさらないで頂きたいのは、タバサさんのお話をわたくしの判断材料にさせて頂きたい。ただその一点のみですわ」
「それはどういう……」
「わたくしの実家はそれなりに旧い家でして、時折わたくしの父宛にご相談を頂くことがありますの。それが今回はベイローレルさんだった。そして父はわたくしに白羽の矢を立てた。しかしわたくしとしては『家』に振り回されたくはない。ですが、事情も調べずに断れるほどわたくし自身も『家』から独立した存在ではない。いえ、より正確には『家族』ですわね。平たく言えば、父が困っているのを無下にはできないのですわ」
このようなところです、と一息に話すと、鏡花が静かに儚げに微笑んだ。
話を聞き、見たままの鏡花と比較し、とりあえずは協力しても問題ないとタバサは感じた。
「……簡潔に、あくまで私から見た事実として聞いて下さい」と前置きし、説明しながら一本また一本と指を立てて行く。
「ご存じかもしれませんが、現状のベイローレルは社長の消息が分からず混乱しています。判断は下されるものの、その判断に対する十分な納得と説明が行き届いていません。そして現状判断を下している総務部長は決裁で手一杯で、判断したその先までのケアができていない。そして急を要する問題は、社員が疲弊しており、それが現在の責任者にまで悪影響を及ぼす負のサイクルが出来上がりつつある。概ねこのような問題があると見ています」
そこまで説明し終えてタバサは、鏡花の様子を改めて伺った。
硬い表情のまま少し下を向いて考えていた。
「わたくしにはやはり荷が重いとしか思えませんわね……」
鏡花はそう呟くと、タバサに向き直った。
「タバサさん、一つお願いがありますの。タバサさんの案内で密かに現場を見てみたいのですわ。できるだけ早く。よろしければ明日にでも」
タバサは、「え?」以外の言葉が出てこなかった。
いきなり?
なんで私?
てか、明日とか急すぎない?
そんなスパイみたいなこと手引きするの?
ひたすら疑問が浮かび上がるが、声にならなかった。
「是非とも宜しくお願いいたしますわ」
そう言って鏡花は頭を下げた。
「ええ、まぁ……」
なんとも曖昧な返事しか返せなかった。
この日のタバサは、鏡花の押しの強さにひたすら負けていた。
翌日。
タバサの案内により鏡花はベイローレルの現場を見学することになっていた。
見た目も気合いの入ったもので、自慢の腰の辺りまで伸びたロングヘアを大胆にヘアアレンジし、更には伊達眼鏡まで準備した姿で、タバサの前に現れた。
「本当にやるんだ……」と一瞬気が遠くなりかけた。
そのイメージチェンジした姿に、昨日に続いて押され気味だった。
「もちろんですわ。鉄は熱いうちに打てと申しますし」
「……その鉄はまだ液体に近いんじゃないかなぁ」
バレたら色々と面倒なことになるのは目に見えていたので、タバサは心配しかしていなかった。
「念のため支局には、私の臨時アシスタントが入るって話はしてあるから、とりあえず大丈夫だと思うけど」
内心では高藤や小早川には気づかれるかもしれないと危惧していた。
「ベイローレルの方には?」
「本当は正式に話しておいた方が良いんだけどね。一応最低限の根回しはしたから大丈夫だとは思うけど。それに今は色々あって、一日ぐらいなら見慣れない人がいても何も言われないと思うよ」
人の出入りが激しいから、そこまで管理が行き届かないのか。鏡花はそう思ったが、その裏の意味まではまだ分からなかった。
「じゃ、行きますか」
タバサの後ろについて行く形で、鏡花も『拠点』に向かった。
「で、このやけに年期の入った建物がベイローレル本社。ここの三階に取材拠点を間借りしているの」と正面入口でタバサが紹介するが、鏡花の目には建物よりも、建物に出入りする社員の様子が気になっていた。
鏡花の第一印象は、活気があるとは違う騒がしさだった。気が立っていると言うべきか。
「堂々としていれば、何か言われることはないと思うから。ちなみに確認だけど、本当にこの会社に知り合いとかいないよね?」
「おりませんわ。そうでなければわざわざタバサさんに手引きをお願いしたりなどいたしませんもの」
上品な微笑みの裏側では、少しでも情報を取りこぼすまいとする必死さを隠していた。
一階、二階と階層を上がって行く。途中何人か社員とすれ違ったが、お疲れ様です、と挨拶するくらいで、誰何されることもなかった。
ただ、皆他人を気にしている余裕がないといった印象だった。
拠点のある三階大部屋に通されると、印象は徐々に確信に変わりつつあった。
(聞いているよりも、状況は良くないかもしれませんわね……)
「そしてここが三階ね。こっちが通称大部屋。総務部とかがあって、廊下を挟んで反対側の部屋が経理部ね」と説明する。
「そしてこちらの大部屋の一角に拠点がある、と。会社の管理部門の一角に陣取るとはタバサさんも大胆ですわね」
「話の流れでなんとなく決まったの。とはいえ、よりにもよって、ね」
話ながらタバサの拠点に移動してきたが、大部屋の各シマで執務中の社員で、こちらを見た者は数えるほどで、皆ディスプレイか書類に集中していた。
そしてその数少ない視線の中に、拠点の反対側の角、社員から離れた机で執務中の人物がいたことにも気づいていた。
(……あの方が例の責任者の方かしら)
どの視線よりも長くこちらを見ていた気がする。
「このパーティションで区切られた一角がタバサさんの『狭いながらも楽しい我が家』ですのね。随分と片付いていますわ」
「貴女に私がどう見えているのか、凄く気になるね……。そもそも人の家に居候しているのに物広げてたらまずいでしょ」
そんなやりとりと椅子を勧めながら、小声で鏡花に話しかける。
「で、スパイ行為の首尾はいかがですか、お嬢様」
社内の全フロアを見たわけではないが、本社の空気感は概ね分かった。
歩きながらの観察だったが、やはりタバサの言うとおり空気が悪かった。
「来て良かったですわ。中々にヒドい状況なのがよく分かりますわ」
タバサは「辛辣だね」と苦笑した。
「そういえば、ここの反対側の角にいらっしゃる方はどういう立場の方ですの?」
「……ベイローレル取締役総務部長、名越一馬」
タバサの声は殊更冷たかった。
「つまり現状における責任者である、と?」
「……まぁ、そうらしいね」
返事に間が空いたのを鏡花は見逃さなかった。
そして、何かあるな、と感じた。
直感だった。
「なら、あの方は無能と言って差し支えないですわね。この状況、この空気を見て見ぬ振りをしているのですもの。もしくは余程の大物ですわ」
鏡花はあえて、挑発的な言葉を投げかけた。
「……駄目なところは多いね。否定はしない。けど、今はあの人が全部引き受けてるのも事実だから」
タバサの表情に変化はなかった。そして淡々としている。しかし無感情ではなかった。
(なるほど。あくまで、よそ者というスタンスですのね。でも切り捨てられるほど、冷たくもなれない、って所でしょうか)
「事が事なのですから、適切ではなくともせめて取捨選択が必要だと思いますの。全て背負い込むのは責任ではなく、無責任ですわ」と踏み込んだが、
「そんな器用なことが出来る人なら、周りも苦労はしないんだけどね」と躱されてしまう。
何かあったのですわね。
ふむ、と少し考える。
「……お知り合いですの?」
「さあね、どうだか」
(浅からぬ縁、かしら)
鏡花はひとまずそう結論づけた。
「じゃ、仕事しますか。アシスタントなんだから、手伝ってよ」
タバサは無理矢理話題を切り替えた。
今度は、鏡花が押される番だった。
途中、別件でやってきた小早川に誰何されたが、
「昨日お話しした、臨時のアシスタントです」と言うと納得したようだった。
他の社員にも、新しい記者さん?とか色々聞かれたが、特に不審がられなかった。
皮肉にも皆疲れ切っているのが功を奏したのか、それとも元々こういうことは余り気にしない社風なのか、
「意外と何とかなるものですわね」
鏡花の素直な感想だった。
「こっちは心臓に悪いんだけど。色々割に合わないよ」
「まぁまぁ、良いではありませんか。タバサお姉様」
「貴女、いい性格してるよ……」
そんなやりとりも交えつつ、一体何時間資料整理をしていただろうか。
同じような姿勢でいたため、鏡花は体が硬くなっていた。
「よしっ、とりあえずこんなところかな。で、この後のご希望は?」
タバサに声をかけられて、しばらく忘れていた今日の目的を思い出した。
ぐーっと体を伸ばしてしばらく考えてから、
「でしたら、実際に現場を見てみたいですわ」
「言うと思った」
やれやれといった風に笑うと、
「じゃあ、あの人しかいないね。言うと思ってそっちも話はしてある」
心当たりがあり、しかも根回しまで済んでいるという。
(この程度はお手の物って所でしょうか。経歴と実績は本物ですのね)
元々のものか、取材をする上でのスキルなのか、タバサの如才なさを垣間見て鏡花は感服した。
立花に連絡を取り、運転再開を迎えた心境を現場の社員にインタビューしたい旨を伝えると、以前タバサに鉄路の被災状況を案内した入江がいつでも都合を付けられるように、今日は内勤業務に回っているという。
(現場の心を掴むのも、お手の物ですわね)
タバサとしてはそんな気はないのだろうが、鏡花からの評価はまた一つ上がったようだった。
本社を後にし、現業事務所に向かい、タバサの取材に同席する。
取材の合間に差し込むように、鏡花自身の質問をしていたが、やはり状況は芳しくないようで、自分が思っていた以上に人と組織の綻びは進んでいるようだった。
先程見た名越の様子と、タバサの『今はあの人が全部引き受けてるのも事実だから』という言葉を総合すると、名越一人に責任が集中しているのにも関わらず、孤立している。しかも周囲を顧みる余裕もなさそうだった。
(お父様に話をしたのは、あの方なりに決死の思いだったのかもしれませんわね)
鏡花の胸中は複雑だった。
タバサの取材が終わり、現業事務所を出ると既に夕刻だった。
今日一日だけだったが、少なくとも入るだけで、助言や『名前』で押し切って済む段階ではないと痛感した。
そして鏡花にとって意外な収穫となったのは、タバサと総務部長である名越は恐らく旧知の仲であること、そして現状では関係は良好とは言い難いと推察できることだった。
鏡花にとってこれは懸念事項が増えたに等しかった。
(人のつながり、ましてや重要人物周りの人間関係も壊れかけているのは頂けませんわね。でもどうしてお世辞にも良いとは言えない関係の人の所を拠点にしているのかしら……)
「今日はどうでしたか?臨時アシスタントさん」
いつの間にか随分考え込んでいたようだ。
「そうですわね……良い社会勉強になりましたわ。なるほど、人と組織はこうして崩れゆく。反面教師にしないといけませんわね」
臨時アシスタントの設定を忘れてるね、とタバサは苦笑しながら、
「そんなところに単身乗り込むんだから、お嬢様の考えることは分からないなぁ」
少し冗談めかして言った。
「あら、まだ何も決めてはいませんわ。急いては事を仕損じる、と申しますでしょう?」
その割には、動きが急だけどね、と思いながらも、
「まぁ、どうなるか分からないけど、もし乗り込むなら陰ながら応援してるから」
そう伝えた。
「他人事ですわね」
「他人事ですから」
タバサと鏡花はどこか楽しげだった。
「今日はワガママを聞いていただきありがとうございました」
鏡花が深々とお辞儀をすると、
「最近仕事ばっかりだったから、こっちも良い気分転換になった」
タバサにとっても収穫はあった。
鏡花の目に固い意思が宿っているように見える。
(これは確定、かな。吉と出るか凶と出るか……)
じゃ、と身を翻してタバサは去って行く。
その姿を見送る鏡花には、一つ決めたことがあった。
「やるしかない、ですわね」
色づいた西の空を見る。
そして、
「夕暮れに仰ぎ見る輝く青空、日が暮れて辿るは我が家の細道、狭いながらも楽しい我が家、愛の火影のさすところ、恋しい家こそ私の青空」
そんな言葉を呟く。
小さな幸せすら、しばらくは手の届かないものになる。
そんな予感と覚悟があった。




