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故郷と呼べる場所   作者: 那珂湊
第一章 「あの日」のままで
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第二話 であい 後編

 翌日、タバサは早速『拠点』で取材成果の整理と今後の計画を立てていた。

 小早川の計らいで、ベイローレルの管理する場所への立入りも許可された。

 名越は、部外者にそこまでする必要はないと反対したらしいが、小早川が押し切ったそうだ。

 だが、どこから手を付けようかタバサは考えあぐねていた。

 とにかく広すぎるのだ。被害の大きさもさることながら、範囲も広い。少なく見積もっても県内全域、恐らくはこの地方全体が活動範囲となる。

「まずは被害が明確な所からか、それとも被害規模が明らかになっていない所をあたるか……」

 考えがまとまらない。

 三階フロアの大部屋の一角に設けられた急造の取材拠点は、今は特に区切られていないのに喧噪から切り離されたようだった。

 そこからは人の動きがよく見えた。

 タバサはしばらく観察していた。

 ピリついた空気、そして疲労感と徒労感を色濃くした社員、人の出入りは激しく、先程から同じ人が十分以上フロアにいたことはないのでは、と思うほどだった。

 自分で言い出したこととは言え、居心地は非常に悪かった。

 息が詰まるとはこのことかと考え始めたとき、昨日紹介された人物がフロアに入ってきた。確か運輸事業部長の立花と名乗っていた。

 立花を見てタバサは外に出たくなった。ここにいるより現場に出てから考えた方がマシに思えた。タイミングを見計らい早速席を立ち、立花に声をかけた。

「すみません、ちょっと良いですか」

「……確か、タバサ・クライスタールさんでしたね。何かご用ですか」

 やはり警戒されているようだが、この程度なら取材で慣れている。

「タバサでいいです。忙しいのは承知なのですが、実は現場、主に鉄道の被災状況を取材させて頂ければと思いまして」

 いきなり取材を申し込まれた立花は、「うーむ」と短く唸って考え込んでしまった。

 立花としては取材に協力すること自体に異論はない。むしろタバサが持ち帰った取材成果が、現状整理に役立つかもしれない。だが部外者を入れることで現場に気を遣わせて作業の邪魔をしたくない。それに人手不足の中で案内役として動ける人間の確保をする必要がある。

 タバサにも、現場への負担がいちばんの懸念なのだろうと分かった。

「……まずは現業事務所に向かいましょう。そこで回れそうな場所と人員を考えます」

「ありがとうございます。助かります」

 そんなやりとりの後、向かったのは水本運転所だった。車両基地としての機能に加えて運転士、車掌など列車を動かす人間が所属する組織だ。その広大な敷地の一角に現業事務所があった。


「……という訳だ。入江、頼めるか?」

 立花は最初から一人の人物に、アタリを付けていたようだった。

「分かりました、大丈夫ですよ。今日は乗務予定の仕業がそもそも運休で消えましたし、よそへの応援もないので、内勤補助に回る予定でしたから。助役に話をしておいてもらえればすぐ準備します」と意外にも二つ返事だった。

「すまんな」と立花が入江の肩を軽く叩く。

「それに自分の目でも現状を確認したかったので、丁度良かったです」

 立花には、入江の目に現実を直視する意思が見えた気がした。

「よろしくお願いします。タバサ・クライスタールです。普段はフリーの報道カメラマンで、今は一応南方日報社の特派員です」

 あらためて自己紹介する。

「水本運転所所属、車掌の入江です。ただこういう状況なので本業は開店休業に近いですが……。まあ、とりあえず準備でき次第向かいましょうか。行きたい場所の希望、って言っても分からないですよね」

「行きやすい場所でいいので、お任せしても大丈夫ですか?」

 入江が言った「開店休業」の言葉に、無力感と焦りに近いものをタバサは感じた。



 社用車で被害箇所を回る道中は、地震による被害が生々しく残っていた。

 道路には、段差や亀裂が無数にできていて、所々その段差や亀裂を応急的に無理矢理通れるようにしていた。段差や亀裂を通るだけで、上下左右からの衝撃で車体が跳ねてシートベルトが肩に食い込んだ。

 幹線道路も似たようなもので、重機で段差や沈下を直す復旧工事が始まっているだけマシだった。

 また、数少ない「生きている」幹線道路には、復旧途上で通行止めの高速道路と未だ運休中の鉄道が担っていた都市間交通需要が集中していた。それに加えて地域交通と復旧工事の車両など、全ての交通が交錯し、歩いた方が遥かに早いと思えるくらい破滅的とも言える渋滞を引き起こしていた。

 所々で許可車両のみ通行可となっている道を社用車で通るたび、タバサの胸中に申し訳なさがこみ上げてきたが、「報道」の腕章を付けている以上は、それは逆に失礼だと胸の奥に押し込んだ。


 かなりの時間がかかって到着したのは、昨日タバサが訪れた国道沿いの小高い丘だった。

 入江は二人分のヘルメットとフルハーネス型の安全帯を渡すと、持参した資料を開いて説明を始めた。

「この場所の崖下に丁度『本線』が走っているんです。その『本線』を南に行こうと思います。僕もまだ被害の速報資料でしか見ていないですが、判明しているだけで、列車の脱線、電化柱の折損、架線破断、軌道変位、橋脚破損、法面崩落と複数の被害箇所が確認されています。平たく言うと、鉄道施設の全てに被害を受けています。また更に南下すると……」

 そこで言い淀んだ。

 タバサにはなんとなくだが意味するものが分かった。それはこの街に来る道中に見たものだったからだ。

「……津波による線路および駅舎の流失が広範囲、ということだけ分かっています」

 入江の声は苦しそうだった。そんなことが現実に起きるはずがない、信じられないという様子だった。だが、かといってそこまで悲観している様子がなかったのは、

「唯一の救いは、乗務員と駅社員、何より旅客の人的被害がゼロだったことです」

 という事実があるからだろう。


 普段は立ち入ることのない線路上を、二人は南下していた。

 元々人が歩く場所ではない上に、被害箇所を写真に収め、記録を取りながら進んでいるのでその歩みはゆっくりだ。

 入江によると、普段はこの辺りは旅客列車と貨物列車がひっきりなしに行き交っていて、特急列車になると時速百三十キロで駆け抜けて行くのだという。

 特急列車に乗務した際は、この辺りの景色を見ると水本到着の準備を始めるのだと入江が教えてくれた。

「到着前は案内放送を入れるのですが「自動放送じゃない場合は、大体これが見えたら放送を入れる」という目印となるものを各路線、各駅毎に決めているんです。僕が車掌になりたての時、先輩に教えられたのは『あの赤いバイクが見えたら準備しろ』っていうものだったんです。でもバイクなんて当然、次の日にはそこにあるとは限らないんです。だから目印にする意味がないんですよ」

 今考えれば適当というか無茶苦茶な話ですよね、と笑う。

「でも、それ程この辺りの景色は日常のもので、変化を見つけるのが大変だったんです」

 どういう意味、いつの『だった』なのかは聞けなかった。


 徐々に開けゆく視界、その先を見るにつけ、否応がなしに『だった』の意味を理解せざるを得なかった。

 開けた先の景色は荒涼としていた。

 当然、先へ、遠くへ、伸びゆくはずのレールは、足下のすぐ先で何者かに直角に曲げられて、引きちぎられていた。

 入江の顔は、厳しかった。悲しみなのか、怒りなのか、分からない。

 タバサの顔は、表情が消えていた。

 二人の前には、線路敷だったとおぼしき直線だけがひたすら、先へ、遠くへ、伸びていた。



 発災直後から、街の被害や様子はありとあらゆる方法で発信されていた。

 その中には、センセーショナルな報道や、恣意的な切り取りで好奇の目を煽るものも少なくなかった。

 だが、タバサはできるだけ公正中立であろうと、事実に基づいて淡々と発信し続けた。

 本社三階を拠点に、早朝から深夜まで取材活動に飛び回り、最初の記事と写真が掲載されてからは、当初はかなり警戒していた社内のタバサに対する見方も、少しずつではあるが変わっていった。


 この街に来た初日に撮った、『「大切な何か」を亡くしたのであろう女性』も、そんな彼女が、多少は感情が乗ってしまったかもしれないが、あくまで淡々と撮った一枚だった。

 その写真が掲載された新聞を名越は、何回も読み返していた。

 何度も読み返したのだろう、大分くたびれた新聞を片手に、タバサのデスクの前のパイプ椅子に先程から無言で名越は腰掛けていた。

 そんな名越を気にするでもなく、タバサは取材資料の整理をしていた。

 どの位時間が過ぎたのだろうか、長いため息をつき名越が口を開いた。

「これは、あんたが撮ったのかね?」

「そうだけど」とタバサは手を止めずに返した。

 そうか……、と呟くと名越はまた押し黙った。

「……あの時、タバサさんがカメラマンに転身するのに私が反対したのは、間違いだったようだね」

「別に名越さんが反対しようが賛成しようが、気にせず転身してたけどね」

 タバサは名越を一瞥すると、また資料整理に戻った。

「そんなのは分かってましたよ。ただ、周りのみんなが賛成ってのが許せない、だから私だけでも反対に回った。で、その意味はなかったってことが、この写真を見てよく分かった」

 こんなタイミングで分かったのは皮肉だがね、と言葉を切り、続けた。

「むしろあんたが報道カメラマンとして、この街を取材してくれて良かったと思う」

「なんで?」と資料整理の手を止めてタバサが問うた。

 名越は手に持った新聞の一面写真『「大切な何か」を亡くしたのであろう女性』を指差し、

「この写真からは少なくとも悪意を感じない。まぁ、良いか悪いかは別として、うっすらと寄り添う感じがするのはあんたらしいね」

 タバサはこの街に来てから、苦笑とはいえ、誰かが笑っている所を初めて見た。

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