第二話 夏の色は、私の色 中編・上
・鏡花の(意図せぬ)夏休み その3
鏡花が倒れてから三日目。
昨日は、星野の母との思いがけぬ出会いこそあったが、病人であることに変わりはなく、寝て起きてメシ食ってまた寝るという、THE療養の一日だった。
どうやら鏡花の父が手続きやら、見舞いやらで来ていたらしいのだが、病身の娘を起こすのは忍びなかったのか、鏡花は全く気がつかなかった。
そして療養二日目。
少しだけマシになった体調に比例するように仕事のことが気になった鏡花は、ベッドの上から幾人かに連絡を取るも、異口同音に『仕事は何とかするから、病人は養生しろ』という意味の返事しか返ってこなかった。
名越に至っては、鏡花が取締役就任早々のリタイアを詫びる文を送ったところ、二、三時間後に、
『ネロ』
とだけ返ってきた。
これには鏡花もさすがに、
(完全に仕事から切り離されましたわね……)
そう認めざるを得なかった。
確かに起き上がって病院内をうろつけるほど体調は良くはない。
しかし、よく言えば活動的、悪く言えば仕事人間の鏡花にとって、ベッド上は所詮寝る場所でしかない。
つまり、暇だった。
しかも、手元にあるのは携帯のみで、当たり前だが仕事なんて持ち込んでいない。
さりとて昼間から見る動画やテレビ番組に、もののあわれを感じるほど達観していない。
つまり、ものすごく
(暇、ですわ……)
名越が聞いたら、
「エラくお上品だことで。これだからお嬢様は……」
と舌打ちでもしそうだが、それが鏡花という人間なのだから仕方ない。
最初はカーテンレールのコマを数えていたが、ものの一、二分で終わり、しまいには空の青色の境目を探し始めた頃、
「はーい、失礼します」
と誰かが入ってくる音が聞こえた。
鏡花が入院しているのは、いわゆる『大部屋』と言われる四人部屋。
だが鏡花が入院して以来、都合良く鏡花の一人部屋状態だった。
そんな状態の部屋に来る人物とは誰か?
カーテンの向こうの人影が姿を現すのを待っていたが、
「毎度のことなんだが、どうやったらナースコールをこんなにしょっちゅう壊せるのかね?しかも今回は基板とか……。手間も掛かるし、高ぇし、最悪だね」
「しょうがないじゃないですか、すぐ壊れる消耗品なんですもん」
「……おう、『壊れる』じゃなくて、『壊した』の間違いだろ。日本語は正しく使え」
聞こえたのは二人の男女の、何か業者の様な会話。
それにしては、顔見知り同士のような……。
「ちゃんと指導はしてます」
「何の指導だ?備品を使ったストレス発散法か?……ったく、これだからナースは。道具を大事にしねぇ割に、新しい物ばっかやたらと欲しがりやがって。お前も主任なんだから、物を買うにはカネが掛かることくらい分かっとれ」
男の方のそのなんとも直截な物言いに、鏡花は約一名思い浮かんだ人物がいた。
「師長に言ってくださいよ」
「アレに言っても、修理件数も金額も変わらねぇから言ってんだよ。年度替わって何件目だと思ってる」
「二、三件くらいですか」
「七件。しめて十一万八千五百円(税込)だ。あんたの毎月の夜勤手当分くらい、っていえばご理解頂けるか?」
ああ、さっき『ネロ』と送ってきたあの人だ。
鏡花は、入院中にもかかわらず三階大部屋にいる気分だった。
どうやら二人はこの部屋の物を見て回っているらしかった。
「水本さん」
そんなことを考えていると、女性の声でカーテンの向こうから呼びかけられた。
「……はい」
「すいません。ベッドの周りを見せてもらってもよろしいですか?」
どうやら鏡花のベッドの順番が回ってきたようだ。
「……ええ、構いませんわ」
恐らく一人は看護師、もう一人は……。
「ごめんなさいね。ちょっと失礼しますよ」
カーテンが少し開いて見えた顔は、スクラブを着た女性、それに名越。
……ではなく、中年男性だった。
「お休み中の所すいませんねぇ、事務の者です。すぐに終わりますんで」
先程までとは打って変わって、低姿勢な言葉だった。
(なんというか……。見た目は全く違うのに、そっくりですわ)
鏡花はベッドに伏せながら、頭上のボタンやら基板やらを見ている中年男性に既視感を覚えていた。
必然、その男性が首から提げている名札が目に入るのだが、そこには、
『医療法人社団白水会 睦月総合病院 総務課長 星野直行』
そう書かれていた。
「あの……」
「はい?どうされましたか?」
先程までのアレな言葉からは想像が出来ない、丁寧な返事に一瞬たじろいだが、今は『暇』が鏡花の好奇心の燃料だった。
「失礼ですが、もしかして星野華音さんのお父様でいらっしゃいますか?」
「………………おん?」
何やら作業をしていた男性の手は止まり、その目は不思議そうに鏡花を捉えていた。
そしてその目は、
『氏名:水本鏡花』
『担当Ns:星野』
そう書かれたベッド上にあるネームプレートに向く。
その文字列を読み取った目は、もう一度鏡花に向き、今度は目頭を押さえ始めた。
まるでなにか、よからぬ物でも見てしまったかのように。
「……よう。なんで師長がプライマリーナースなんだ?」
男性は振り返ると、後ろで控えている女性看護師に尋ねた。
「知りません。奥さんに聞いてください」
「ソイツが明けで休みだから聞いてる」
「あの……」
たまらず鏡花が声を掛けると、中年男性は明らかに困惑し、女性看護師は、なにか面白いものを見られそう、という思いを必死に隠しているような笑顔。
「……ええ、まぁ、星野華音は娘ですが」
人は驚きが一定以上になると、心構えをするために様式美に則りたくなるようだ。
「……一応初対面なので、念のため。失礼ですが、どちら様でしょうか?」
「株式会社ベイローレル、取締役総務部長の水本鏡花と申します。……星野華音さんの上司に当たりますわ」
いつものハリも力強さもまるで無かったが、涼やかなその声は何とか体面を保つには十分だった。
星野の父が天を仰ぐその姿は、大げさながらも、
『ついに来てしまった、この時が……』
というにふさわしい反応だった。
同行していた看護師に至っては、もはや隠す気もなく笑ってしまっていた。
看護師が機転を利かせて二人分の椅子をいつの間にか用意すると、鏡花のベッドの横に腰掛けていた。
星野の父の目は看護師に向けて、
(てめぇ……)
とでも言いたげだったが、さすがに患者の前では大人しくするしかないようだった。
「あー、いやまぁ、なんと言えば良いか。当院の総務課長の星野です。…………娘がいつもお世話になっています」
星野の父が頭を下げると、
「私はこの総務課長の奥さんの下で看護主任をやってます、佐藤あかりと申します」
その隣に腰掛けた、佐藤と名乗る看護師も頭を下げた。
「何で君がいるのかね?」
「患者さんの前に猛獣を放つわけにいかないじゃないですか」
「……おい佐藤。てめぇ」
鏡花は二人の様子を微笑ましく見ていた。
「……仲がよろしいのですね」
「失礼しました。コイツは元部下なもんで。事務屋上がりの看護師なんです」
「そうなんです。華音ちゃんが小さいころはよく遊んでたんですよー」
「そうだな。そのせいでお前の悪影響をモロに受けて、一時期ウチの家庭が燃え上がってたくらいだからな」
「アレは星野さんが悪いじゃないですか」
「しなくていい苦労をしようとする娘を止めない父親がどこにいる」
「あの時の晴名さん、かわいそうだったなぁ」
「お前……。今月の給与、間違えるぞ?」
「うーわ、パワハラだ。晴名さんに訴えてやるー」
鏡花は二人の様子を微笑ましく見ているしかなかった。
「……仲がよろしいのですね」
「……重ね重ね、申し訳ありません」
居心地悪そうにしながら頭を下げる星野の父は、星野華音とは似てもつかないという言葉がぴったりに感じられた。
「昨日、奥様と少しお話しさせていただきましたの」
「……ええ、まぁ、薄らぼんやりそのような意味合いのことは聞いています」
歯切れの悪い返事に一瞬鏡花は、
(ご家族の仲がよろしくないのかしら?)
そう感じたことが顔に出ていたのか、
「水本さん、大丈夫ですよ。こちらのお宅はダンナが奥さんにベタ惚れなんで」
と要らぬ解説を佐藤がしてくれた。
星野の父が佐藤を睨み付けるが、柳に風。
「ただ私たち看護師だけでなく、事務方も含めた広義の医療従事者は、患者さんの個人情報に関して守秘義務があるんで、そこは察してくださいってことです」
佐藤の説明は、実に現実的なことだった。
先程まで騒がしかったベッド周りが、ふと静かになった。
「そういえば星野さん。晴名さんが心配してましたよ。華音ちゃんのこと」
佐藤がこともなげに触れたそれは、今一番の機微に触れるものだった。
途端に星野の父は渋面になる。
「お前よう。昔からわざと空気をぶち壊すのは止めろと……」
わざとじゃないですー、と言いながら佐藤は星野の父に反論しているが、先程もしれっと椅子を用意していたり、今もさりげなく星野家の事情を話させたりと、鏡花には中々のヤリ手に見えた。
「……私事なんですが、先日ウチの娘が随分と荒れていた日がありましてね……」
「……それは……」
「娘も大人ですし、なにより水本さんは今、ウチの患者さんです。そこに踏み込むわけには行きませんからね」
そう言って、一瞬佐藤の方を見ると、
「コレもまた聞いた話なんですが。どうやら会社で、以前私が娘に言ったことと同じようなことを言われたそうで。……父親ってのは難しいですね」
「…………」
その場に同席していた者として、鏡花には言えることはなかった。
「……娘の勤務先の社長さんが代わったそうで。その社長さんは私も一応面識がある方で、失礼ながら十数年前の自分を見ているような、そんな方なんです」
星野の父の話は飛んだように思えたが、確かに繋がっていた。
「名越さん、って方なんですが。どうやらその方が娘に『アドバイス』をされたそうなんです。……なるほど因果応報とはこう言うものかと、この歳になって今更ながらに感じるものがありますよ」
星野の父は、なにか『後悔』しているところがあるように、話を続けた。
「私が言えたことではないですが、華音は私の大事な娘なんです。よく働くんですが、如何せん母親譲りで、無理をしたり、しなくていい苦労をしようとしたり、危なっかしいところがあるんで、注意して見ていただけるとありがたいです」
そう言うと星野の父は、
「患者さん相手に何言ってるんでしょうね……」
と、決まりが悪そうにしていた。
「華音ちゃんは大丈夫じゃないですか?」
微妙な空気が流れる鏡花と星野の父の間を、呑気な声が夏の風のように通り抜けた。
「……大丈夫、とは?」
「水本さん、ごめんなさい。ウチの子離れできない総務課長が変なこと言って」
星野の父は、刮目して佐藤を見ていたがそんなのお構いなし。
「確かに華音ちゃんはちょっと不意打ちに弱いですけど、そこらのヤワな娘とは鍛えられ方が違うんです。なにせ親がコレなんですよ?」
そう言って、隣に座る『子離れできない総務課長』を指差す。
「私だったらすぐに実家を出て、二度帰りませんよ」
ケラケラ笑いながら、『子離れできない総務課長』の背中をバシバシ叩いている。
星野の父が怒りやら恥ずかしいやらで真っ赤になっているが、お構いなしだ。
「多分今頃は、操縦方法を考えてるんじゃないですか?しかもコレと同じような人種なら尚更ですよ」
相変わらず星野の父をおちょくるようにしている佐藤は、
(この方、意図はともかく行動が読みづらいですわ……)
そう鏡花に感じさせる人物だった。
「あ、でも。操縦はできるようになっても、何を考えてるか、とか分かるようになるには晴名さんくらいの年季が必要かなぁ……」
「……はぁ……」
「でも晴名さんも、未だに愚痴ってますよ。『ウチのダンナの考えが分からない』って。似たもの同士だと思うんですけどね。だって私が華音ちゃんくらいの歳の時に、外来の廊下で仕事中に痴話喧嘩を繰り広げた伝説の夫婦なんですよ?」
「お前なぁ!」
堪忍袋の緒が切れた星野の父、それを笑って躱す佐藤。
情報過多の鏡花は、いつの間にか眠りに落ちていた。
・鏡花のいない夏 その3
鏡花が不在になってから二日目。
とりあえずの役割分担と、溢れる仕事をところてん方式で応援要員にお任せする方針が決まって、再び動き出したが、ひとつ問題があった。
星野を総務部の業務に回す分、秘書業務が手薄になるのだ。
昨日は、
「この間まで秘書なんぞおらんかったから、問題ねーべ」
と名越は考えていたが、甘かった。
打って変わって今日は、
「ヤダ、ムリ、おしまい!」
考えの甘かった昨日の自分に飛び膝蹴りを入れたくなる心境で、静かな社長室で、静かに灰になっていた。
名越の新しい仕事+名越が今までやっていた仕事+鏡花のやり方の鏡花の仕事=終。
非常に単純な足し算だが、
「鏡花さんの一人や二人なんぼのもんじゃい。事務屋なめんな!」
と調子に乗っていた。
具体的に言うと、星野華音と言う人間が助けてくれて成り立つということがすっぽ抜けているくらい。
しかし、気前よく星野を総務部に戻してしまった手前、帰ってこいとは言えない。
どこかになんか暇そうな人間はいないか。
そう考え始めた名越に電流が走った。
まさに福音。
「いるでねぇか」
懲りない名越の脳裏には、普段からあまり表情変化が豊かではない、仏頂面が浮かんでいた。
「じゃ、よろしく」
「なにを」
「あんたヒマだろ?ウチの星野さんの代わりの四人や五人、できるべ?」
「ごめん。話が読めない」
「相変わらずつれないねぇ……。鏡花さんが倒れたろう?」
「うん」
「私やら、課長達やら、星野さんやらで、仕事を手分けせにゃならん」
「うん」
「仕事多すぎて私が死ぬだろ」
「うん?」
「だから、ヒマそうな役人上がりの記者を使えば良い」
「ちょっと何言ってるか分からない」
突然社長室に呼び出されたタバサは、昨日はちゃんと家でよく寝られたのか普通の表情だったが、既に回復した体力を削られ始めていた。
「いや、そもそもヒマじゃないし、記者じゃなくてカメラマンだし、役人上がりはそうだけど、そもそもなんで私が名越さんに使われるわけ?」
「人手不足だから」
(話通じねぇな、コイツ……)
さすがのタバサも、イラついてきたが、そこは阿吽の呼吸と回復した体力とカフェインがなせる業なのか。
何度か深呼吸して、まずは名越の主語と述語が抜けた話を補完すべく思考を巡らせていた。
「………………わかった。百歩譲って私が名越さんに使われるとして、なんで私なの?」
「そりゃ、あんたが仕事できる上に、秘密保持契約結んでいるから」
考えるだけ無駄だった。
(あぁ、この人はこういう人だった……)
「秘密保持契約の意味分かってる?」
「誰の名前で契約したと思ってる。情報を漏らさない義務だろ?つまりはウチの社内で見聞きしたことは口外しないと。ならちょっとぐらい際どいラインのことをお手伝いさせても問題ないべさ」
タバサほどのベテランでも、さすがに手に余る拡大解釈だった。
「名越さんほど日本語の通じない人、いないんだったわ……」
「大丈夫、大丈夫。雑用だから、雑用。人事給与とか機密情報とかは触れないから。……多分」
「無理。ヒマじゃない。契約は契約」
「どうか、おたのもうします……」
タバサが名越と戦って唯一勝てないものがあった。
根比べ。
以前には、年単位での根比べをしていたこともあったが、結局名越の粘り勝ちだった。
しかも鏡花をして、
「あら、名越さんには負けますわ。きっとあの方ならタバサさんの一大事とあれば地球上であればどこへでも行かれますわ」
とハナから言わしめるほどの頑固で偏屈。
(猪突猛進だね、こりゃ。いや豚か……)
こうなると後は落とし所を探るか、適当に付き合って足抜けするかだが。
「………………で、私に何をさせようって言うの」
「随分素直で助かるわぁ」
相手がタバサなだけあって、良いか悪いかは別として名越は遠慮がなかった。
真っ先に出た言葉が、
「貴女が落としたのは、この山積している問題の紙の山ですか?それとも整理されていないデータの山ですか?」
どこかの斧よろしく選択肢を示したのは、名越なりの気遣いだと思いたいが、
「どちらも違います。私が落としたのは自分の仕事をする時間です」
「よし。両方差し上げよう」
「いらない」
斧よろしく、謙虚な心を示すと両方押しつけて来るあたり、気遣いではなさそうだ。
「そういや誰かがPCのスペックが足りないって愚痴ってたなー。今なら、私用で買って時間なくてセットアップすらしてないPCを特別に贈呈するんだけどなー、誰かが今使っているやつより更にハイエンドなPCなんだけどなー」
(ぐっ、相変わらず微妙なラインを突いてくる……。だけどここで恩を着せようとしたって……)
タバサが素早く計算する。
そもそもタバサは困窮しているわけではないし貯蓄もそれなりにあるが、贅沢な生活が出来るような余裕があるわけでもない。
(名越さんは、昔の遅刻はいつまでも覚えているけど、誰かにあげた物に関しては頓着しない。それはよく知っているけど……)
結論。池から出でし女神の方が遥かに優しいのかもしれない。
「タダ働きさせるわけにもいかないけど、公に報酬を出すのも結構面倒だから、丁度良いと思うんだけどなー」
考えるタバサをよそに、非常にウザい感じで名越は椅子を左右にクルクルしていた。
「…………………………用件を聞こうか」
小一時間程で自宅まで往復した名越は、『報酬』をタバサに納めると同時に、山積している問題の紙の山と整理されていないデータの山も押しつけてきた。
「まぁ、どれか二、三個潰してくれれば御の字よ。全部潰せばなお良し」
とか無茶苦茶なことを言っていたが、前者だけ受け取った。
タバサは出来るモノ、コトに条件は付けた。
「私が出来るのは、整理とか確認とかまで。決裁とか判断とかはそちらでよろしく。あと、この会社の個人情報とかの機密は渡さないで」
(臨時アシスタントの代わりに、臨時アシスタントかぁ……)
拠点に戻ったタバサは、以前の出来事を思い返しつつ、『報酬』のセットアップと、カメラマンとして独立して以来の戦友から『報酬』へとデータの移動をしながら、臨時アシスタント業務に勤しんでいた。
久しぶりのちゃんとしたデスクワークで腕がなまっていないかタバサは不安だったが、杞憂だった。
主に名越から投げられたのは、決裁や責任を伴わないもの。
案件の交通整理といった労力の割に時間や手間の掛かるもの、他にも返事をするにしても保留や断りといった相手の出方が分からない割に気を遣うものなど。
(確かに名越さんがやるには後回しになり、星野さんがやるには重いかな。だから鏡花や三課長さん達がやらざるを得ないんだろうけど……)
よくもまぁ、こんな絶妙にめんどくさいモノばかり残っていたものだと感心していた。
全てがこの災害発生後という状況のせいではないのだろうが、こんな状況でなければそもそもここまで大量発生しなかったのだろう。
手際よくとまでは行かなかったが、押しつけられた山は少しずつ着実に処理されていった。
途中、名越から、
「渡しても問題なくて、かつ面倒な仕事はタバサに投げてください」
という意味不明な指示を受けた総務部三課長が、抵抗感はありつつも、
「名越さんにお願いするよりマシなんで」
と最終的には遠慮無く仕事を持ち込んだり、
「……あのぅ、本当に大丈夫ですか?」
と心配する星野に、
「大丈夫。報酬は先払いだけど、後でキッチリ追加分を搾り取るから」
とキマっている目で言い放ち、
(そういうことじゃないんだけどなぁ……)
とドン引きされたりと。
その内、目と腰と首と肩が悲鳴を上げ始めて、
(鏡花……。お願いだから早く帰ってきて)
そう願ったタバサ・クライスタールの心の声は、本業と副業の前に虚しく雲散霧消してゆくのだった。
色々あったが、今日一日は乗り切ることが出来た。
(まぁ、ちとよろしくない手だが、しばらくは鏡花さんがおらなんでもやれそうだな)
名越の考えは、着実に鏡花がいない夏を受け入れつつあったが、不安は拭えなかった。
(ブレーキ役がいないことで、みんな調子乗らなきゃいいけど。はたしてどう悪影響が出るかねぇ。……まぁ他人のことは言えんか)




